柴犬家族との徒然 Shiba-Inu


by 香龍

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カテゴリ:犬道!!番外編-長文( 21 )

ワタクシの和散歩スタンス

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今日のフクオカは大気汚染濃度がえらいこっちゃでしたよ〜。
器官が弱いので、そこらはマスクでバッチリガードしてたんですが、眼はチカチカですワ。
皆様も気を付けてくださいませね。

さて、和散歩への皆様の興味について、以前チラと「まだドタバタ…今年あと一週間」
」に書きましたが…。
これからも和散歩の情報が拡散していって…情報って拡散すればするほど怪しくなりますのでね(≧▽≦)…和散歩についてよく知らない方の興味が増える事は誰でも想像出来るかと思いますので…。

今日はもうちょこっと掘り下げた事を書きたいと思います。
主催者のKさんも似たような方向性だと思ってますが、どうかな(≧▽≦;)ワハハハ。←テキトー

少なくともワタクシの、和散歩に対する姿勢をここらで打ち明けておきたいと思います。
和散歩に興味ない方はこの記事スルーしてやって下さいませ(≧▽≦)

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和散歩に参加する事は、、。
簡単に言えば、飼い主さんが自分自身に向き合ってもらう事でもあります。
そして、ワタクシやKさんのチカラではなく、自分達の力で成長してもらう事。

ですので、和散歩に参加したから&和散歩である程度の知識を学んだからと言って、卒業証書や何らかの認定証のようなモノを得る事はありません。


というのも、まず第一に。
ワタクシが誰かをジャッジしたり評価したり格付け出来るような、そんなご立派なニンゲンではない事は自分自身がよ~く承知しているからです。

ワタクシの名の下に…誰かに箔(肩書き)を付けるような。
和散歩の名の下に…和散歩の七光りを授けるような。
そんな勘違いヤロウにはなりたくないのですワ。

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ニンゲンってのはどうしても肩書きや七光りを欲しがるイキモノである事は…自分を含め(≧▽≦;;;)よく判っている事です。

だからこそ、第二に。
「ヒトとイヌのシアワセを追求する」という目的より、その「肩書きや七光りを得る」を目的として参加するようなヒトが、和散歩の元にビタ一人でも来て欲しくないからです。


だって、そうなってしまうと…本末転倒ですよね。
シアワセなヒトとイヌを増やすどころか…箔を身につけて支配性を高めるだけのヒトが増えるのは、容易に想像できる事です。

肩書きによる支配性が高まると、群れをなしたがる…。
そしてそういう性質の群れは、「肝に命ず 」に以前書いたように…天狗や、慣れあいや、自分達の価値観に見合わないと感じる事への排他性が育つ土壌となります。

また、「共感の渦2 」にも書いておりますが、肩書き勘違いヤロウがどういう事か、シバツレをじっくりご覧の方なら良くお判りかと思いますワ。

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ワタクシは今後も、一介の犬好きな「一飼い主」である事には変わりはないし、そのスタンスを保ち続けて行きたい。
そういう点では、和散歩に参加される皆さんとなんら変わりはなく、ただの…現在もなお犬との日々の暮らしに悩みや不安や困難を抱えて暮らし続ける飼い主に過ぎないのです。

そのワタクシがエラそうに参加者の評価?いやいやいや…(≧▽≦)


そういうワケで、和散歩会に100回参加した古株さんだろうが、初参加の人だろうが、どちらも特別扱いする事はなく、ワタクシの接するスタンスにかわりはアリマセン。
また、初年度に参加してくれたから一期生、二年目からの参加だから二期生、などというような、、参加者に何らかの「格付け」をするようなマネもしません。

ヒトとイヌの成長は「回数」でもないし、それぞれの成長は同じではない。
その時、その時を大切に。
それぞれを大切に想いたいのです。

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肩書きによる支配性の元に生じる群れには、天狗や、なれ合いや、批判や、排他性が生まれますが…。
真にシアワセな状態というのは、誰もジャッジしないし、誰も批判しない、誰とも比較しない。
その場に居ない誰かの陰口を叩く事もしない。

…だって、その必要性が無いからです。
だって、それに使うエネルギーをもっと良い方向に使う事を知るからです。


ワタクシの下に誰かを属させる…なんて、、考えただけでゲンナリですワ。
過去に「道を見失わないように」に書いて来ているように、ワタクシは参加者の誰もが、、それぞれの王道を歩いて欲しいと切に願う。
自分の「群れ」を作りたいなんて、これっぽっちも思わないのです。


七光りを浴びる、何かの箔を付ける、肩書きを得る、という事は。
裏返せば「足かせ」をはめる事でもあるんですよね。

ワタクシがゲンナリするのはソコですワ。
足かせのせいで、自分自身に向き合えなくなるようなヒトを作りたいとは思いません。

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繰り返すように、ワタクシを含め、ニンゲンは肩書きに弱いイキモノです。

特に自分自身に向き合えないヒトにとっては、コーモン様の印籠のようなモノ。
それを大事にするあまり、結果的にそれが、もし「この肩書きをくれたのは香龍だから」「この肩書きを守る為に香龍には逆らえない」なんて思うようになったら…。

…くだらない肩書きが、目の前で苦しんでいるヒトとイヌへの愛よりも大事なら。

一体、そのヒトの「イヌを愛するココロ」は何処に行ったのでしょうね?
かつてヒトとイヌをシアワセにしたいと思った、その想いは何処に?

それはワタクシにしてみれば、もはや愛とは言えないと思うんですワ。

この人が、和犬を相手にした場合。
このように自分自身の主になれず、「肩書きをくれた香龍」を主にしている心理状態がどう働くか…これは「道を見失わないように」に書いた通りですし、シバツレをよく読まれている方ならお判りですよね(^^)

まあ、万が一、ワタクシが誰かに肩書きを与えたとしても…。
そのヒトとイヌのシアワセの為に、誰かがワタクシに逆らうようなマネをした時に、それを受け入れられないようなニンゲンにはなりたいとも思いませんが、、。

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しかし。
もし、和散歩の場で、ヒトとイヌのシアワセな在り方についてよ~~~~く勉強して、いつか専門家になりたいというヒトが居たら、ワタクシは応援しますよ~(≧▽≦)

一応これでも動物取扱業者ですので(≧▽≦)、推薦する事は出来ますワタクシ。
ただ、その場合は…少なくとも他に2カ所は、別の専門家のところでお勉強をしてもらいたいと個人的に強く所望しますワ。

まず、上記のように箔のチカラに頼るような中途半端な専門家にはなって欲しくないですから(≧▽≦)ワハハハ。
「和散歩で勉強しました」ってのを、これ見よがしに利用するようじゃあ、ねえ。。

「どこそこ卒業」とか「どこそこで●●取得」とか、そんなん必要としないくらい、真に自分自身の脚で立って歩いて欲しいと願うからこそ。。
「踏みとどまるチカラ 」に書いているように、二股だろうが三股だろうが、美味しい所を沢山つまみ食いして、アレコレ見聞を広めてくれた方が、引き出しの数だって当然増えますし、価値観の幅も広がりますし~。

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和散歩で教えている事だけが唯一無二のやり方…と考えるような専門家なんて…。
もしワタクシが犬を託すとしたら、そんな価値観の幅の狭いヒトはまっぴらゴメンですワ。
「これこそが唯一のやり方だ」というような専門家や、そのハマる事の恐ろしさについては、アチコチで何度も書いておりますしね。

特に和犬は原種に近い故に、個々の多様性の幅の広さは目を見張るものがあります。
どんな犬にもすぐ安易に同じ方法を導入するような、引き出しを持たない専門家であっては…いずれ壁にぶちあたるのでは、とワタクシは思います。

それが仮に慣れた方法だとしても、目の前のヒトとイヌの為なら何時でもその方法を放棄出来る程の柔軟性と、目の前のヒトとイヌからしか得られない新しい何かを吸収して還元できるだけの応用性を、是非是非育てて欲しいのです。

自分にヒトとイヌを合わせるのではなく、そのヒトとイヌに合わせて自由自在にカタチを変えられるココロの持ち主であって欲しい。

他にお勉強する場所が、和散歩と逆の事を言っているような所でもいいと思うんです。
ただ、その人の未来の可能性、成長の無限性を考えれば…出来る限り器を広く持てるように、、。
単純に井の中の蛙で居て欲しくないだけなんですワ。

まあ、犬を愛するからこそのワタクシの「欲」ですけどね、これは。

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ワタクシ自身、和散歩で常に学びを得られている事に、毎回感謝しております。

それぞれ接し方が違う…のは参加者の方々ならよくお判りかと思いますワ。
「この子には、一切の刺激やアプローチを与える必要はないですよ」というヒトとイヌも居れば。
「この子には、ビシっと伝えましょう」というヒトとイヌも居れば。
成長が急激なペアには、それなりの事を。
ゆっくりじっくり成長する事が大事なペアには、それなりの事を。

宇宙空間の星達のように…それぞれの星に上下もクソも無いんですよね。
それぞれが、それぞれの場所に在る…ひとつひとつ、それに合わせて接するだけなんですワ。
そこに、決まったマニュアルなんて…無いと思うんですよね。
マニュアルの及ぼす影響については、犬道!!にも何度か書いてますけども。

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参加者さんがそれぞれ、もっとずっとシアワセなヒトとイヌになり、自分達が暮らす場所でその溢れる分のシアワセを沢山こぼすようになったら…。

「その先へとつながる事 」に書いたように…自然と、シアワセになりたいと願う他のヒトとイヌがその周囲に増えて行くようになると思うんですよね。

敢えて目指してなくても、和散歩が自然に作り出す…そんな感じになるといいな。


ただ、、和散歩の欠点、というか(≧▽≦;;;)
自分に向き合いたくない人には、参加していても居心地が悪くなっていくのでは…と思いますワ。アハハハ。


でも、向き合う事を選んだ人には。
何でもかんでも一度に向き合う必要も無い事、出来る事を出来る時に出来るだけで充分な事…等々を知る事になると思います。
そして向き合って良かったなと思えるようになれる事も。

そりゃ〜人によっては苦しい事もあるかもしれないけれど…いつもいつも、寄り添うココロがそばにある事も。



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by koryu_misumi | 2016-01-04 23:11 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(4)

道を見失わないように

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久しぶりの投稿ですが…。
書いているうちに長文になってしまいました(≧▽≦;;;)アハハハ。

しかもドタバタ中なので、ろくに推敲しておりません。
でも投稿しちゃうけどね(≧▽≦)ウヒ。

*****

先日、、17日の土曜日は和散歩会でした。

お天気が良かったため、日陰で何度も休憩しながら、楽しく歩かせてもらいました。
、、てか、あまりにもお天気良過ぎて、帽子からはみ出した耳がヒリヒリする程でしたよ〜、わははは!!
参加者の皆様&犬達、スンマセンのぅ、ワタクシ晴れオンナなんです…(≧▽≦;;;)


さて。
その和散歩会で歩きながら皆様とオシャベリをするワケですが…。
今日はその中の会話からハナシを膨らませてみました。

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参加者の中に、T君とその飼い主さんがいらっしゃいます。
ご縁があって和散歩に参加されているんですが…。

T君の行動に「これは注意した方が?」「これは良くないのでは?」と感じてしまう飼い主さん…。

T君は、和散歩会中とても良い子で、他の犬との接し方も全く問題なく、いい感じにリラックス出来てる子なんですよね。
見ていても、取り立てて注意する程のものでもなく、どちらかというと微笑ましい感じ。


だもんで、、。
「私達は、警察犬と暮らしているワケじゃないんですよね。
小さな家族と暮らしてるんだと思うんですよ〜」とおハナシしました。

飼い主さん、ちょっぴりハッとされたようで「そうなんですよね…」と。。
「私は、ずっとTの事を”こうでなければならない”、”あれをさせてはいけない”、etc...って思ってました。
でも、違うんですよね」

「そりゃあ〜…どうしても、"凄いお手本"を目の当たりにすると、大抵の人はそうなっちゃうモンなんですよ。
でも、今はもう"違う"って判っているから良いじゃないですか(≧▽≦)」

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”凄いお手本”
というのは、T君が以前ずっとお世話になっていた専門家とその犬の事です。


これを読んでいる皆様は既にご想像かと思いますが、その犬は勿論、和犬ではアリマセン。
ヒトの指示に従う能力が高く、それを至上の喜びとするタイプの欧米犬種がありますが…まあその中のひとつです。

そう、まさに警察官と警察犬のような、、。
普通のヒトが見れば、一瞬で圧倒される程の関係を見せてくれるんですな。

これこそが人と犬の関係だと信じて疑わなくなる程のエンターテイメントを、です。


いわば「カリスマ」というヤツですかね。

上記に「一瞬で圧倒される…」と書いているように、、。
カリスマは、凄いパワーを放射しますが、それを受ける側は用心しなければ簡単に思考を奪われてしまいます。
同じようになりたい。と思わせてしまう。
同じようにならなければならない。と思わせてしまう。
更には、同じもの以外に対してダメ出しをする程に染まってしまう。

多くのカリスマは、他者の思考を奪う事に関して、それを思い遣るような事はしません。
それは、受ける側の"勝手"だと。
勿論、自分のパワーの及ぼす影響の強さを自覚し、受け手側を思い遣る方もいらっしゃいますけどね。

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人間社会でも多々見かけますわな。
カリスマ性の高いヒトの周りに集まる人々が…見た目や思考や行動が同調していく様子は、誰でも目にした事があるかと思います。

同じようなファッションや髪型になり、同じようなしゃべり方になり、同じような価値観や思考性になり、同じような文章を書くようになり、同じような、、、、。
いわばカリスマの「コピー」になろうとする姿を。。

そういう様子を見る度に、そこでどれだけ大事な大事な世界でひとつの個性を、没している事かと思います。

が。

…どれだけそのカリスマを追い求めたとしても。
コピーがオリジナルを越える事はあり得ない。

だって、コピーの主は自分自身ではなく、そのカリスマなんですから。
他者を主とする限りは、自分自身に向き合う事もアリマセン。
自分自身を主として、無限に成長出来る可能性を誰もが持っていると言うのに…ね。



というわけで。
そうやってカリスマ性によって、思考を奪われた飼い主さんは、T君の個性を没する方向へと向いてしまっていたんですね。
"凄いお手本"のような飼い主と犬にならなければと…、そうでなければならないと…。

T君が本来もって生まれた、T君(個)らしさを封印し。
「犬道!!シバツレ流5」に書いたように、マニュアル通りの犬に仕立て上げるように…。

しかし、そこに通う事でそれまで抱えていた問題が一旦は改善したように見えて…実のところは水面下で悪化していた。。
結局、それで「気づき」を得られ、和散歩へ辿り着く事になったんですけどね〜。

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「犬は飼い主の喜びを自分の喜びとする」と、ある有名な専門家が言っているのをテレビで見た事があります。
当然、その犬にとっての「主」は、飼い主。
主の喜びこそが犬の生き甲斐なのだと…。


でも、、ワタクシには、どうしてもそれをそのまんまスッキリと受け入れる事が出来ないんですよね。。


地上の全てのイキモノは、誰の為に生きているのでもなく、自分自身の為に生きている、とワタクシは思うんですワ。

野生なんてまさにそう。
自分が生き延びる事に必死で、どれだけ他者に干渉する余裕があるかと思いますワ。
それどころか、他者の喜びの為に生きるイキモノが自然界に存在するでしょうか?


確かに、犬は飼い主の喜びに共感してくれます。
…でも、だからといって、共感する相手を選ぶココロの自由を失ったわけでは無いと思うんですよね。

その選択の意思すら改造され、自然から遠ざかった犬種ならまだしも。
野生の強い和犬は、尚更かと。。

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相手が共感に値しないと感じた時…犬は素直にそれを表現する。
自分はどこかの犬のコピーではないのだと。
世界に一匹しか居ない…自分自身を曲げるつもりは無いのだと。

それは裏返せば、ただ、、素直に、ありのままの自分自身を受け入れて欲しい。。という事の現れではないでしょうか。
まさに自分自身を主として生きるイキモノだからこそ、と思うんですワ。


それを、共感する相手を選ぶ意思の自由すら奪って、こちらの事は棚に上げ、何が何でもこちらに共感しろ!って。。。

でもまあ、、考えれば、常にそれが可能となる犬を相手にしていれば、その行動は理解出来なくもありません。。
それが”当たり前”の暮らしをしているのなら、"当たり前"以外の事について考える必然性は無いですもんね。

想像するに、"凄いお手本"のヒトは、和犬を相手に同じ価値観を押し付ける事の意味について考える機会が無かったのかもしれない、、と思うんですワ。


「世間には”柴犬お断り”という専門家もあるそうですけど、そっちの方がずっと良心的だと思うんですよね。
それならそれで、こっちは和犬が判るヒトを捜すだけなんですから。
和犬が判らない事を隠して引き受ける方がよっぽど。。。」

「ホントにそうだと思います」

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ある日から…。
T君の飼い主さんは、押し付けられた価値観でT君と接する事を止めたんですよね。

自分が「凄いヒトのコピー」でいる事と、T君に「凄い犬のコピー」でいさせる事をやめ、、、。
自分自身の感覚でそのまんまのT君と一緒に散歩する事を始めたのです。

それぞれが自分自身を主とした、ひとりの人と一頭の犬として散歩する事を始めた。


見抜く犬は、飼い主が主であるかどうかを見抜きます。
犬の主としてではなく、その人が、自分自身の主であるかどうか。

どうしてヒトはイヌと暮らしてるんだろう?…」に書いたように、、それこそが、素直なその人の姿だからです。
何処かの誰かに与えられた価値観ではなく、素直な本人のココロの眼で自分を見ているかどうかを、犬はちゃんと感じ分ける。

そして…犬は共感する。



地上の全てのイキモノは、誰の為に生きているのでもなく、自分自身の為に生きている、と思う…と上に書きました。

ワタクシはいつも思うのです。
、、個々は個々を主として、その、世界にひとつしか無い王道を歩く。


この「主」は、群れ(集団、社会等)が必要とする、「主従」の「主」とは、全くベツモノだと思うんですワ。

「個」以上になれば、それは集団(群れ)だと思います。
たったふたりでも、その関係のありとあらゆる状況で、それに応じたチカラ関係(強弱・主従関係)が生じる。

集団が大きくなれば、「一部の主」と「その他の従」のカタチが生まれる。
誰もが集団の「主」となれるわけではアリマセン。
ほとんどは「従」ですワ。

しかし、その集団の為に「従」に供する事を、、自らを主として自分の意志で選択する事と、自らを主とする事を放棄する事とはベツモノなのだと、、思うのですよ。

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和散歩参加者の方々からの頂きもの(≧▽≦)有り難うございます

ヒトとイヌは、確かに主従の関係かもしれません。
しかしそれは、群れとして在る為に必要な主従でしか無いのです。

それ以前に、我々は…ヒトもイヌも個である事を、、世界にたったひとつしかない大切な個である事を、、どうか見失わないでいてくれたらと、ワタクシは願います。


自分自身の王道を歩いているか。
アナタの主はアナタ自身か。

スマホを主としていないか。
どこかの誰かを主としていないか。


空を見上げ、風のニホヒを嗅ぎ、大地を足の裏に感じ、、傍らの犬と共感して笑い合う為に。

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by koryu_misumi | 2015-10-23 21:15 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(8)

踏みとどまるチカラ

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実は、今回の記事は、、。
元々、「道具と心」の記事に織り交ぜて書くつもりでいたモノです。

「道具と心」を載せた頃は、ちょっとバタバタしておりまして…(≧▽≦;;)、でも載せてしまったもんだから中途半端な記事になってしまいましたが。。

やはり、残りの分も書いた方が自分なりにスッキリするので書く事にしました。
例によって、クドくて読みにく~~~い記事ですので(≧▽≦;)、ウザいと思うヒトはまた普段の記事に戻るまでスルーしてやってくださいませね~。

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さてさて。

ワタクシの元には、別の専門家を経てくる相談が多い…という話を書いた事があります。(「アキちゃん見なくなりました」)
その中には、現在進行形の(別の専門家にかかっている)状態で連絡を頂く事も少なくアリマセン。

トレーニング内容や、教えてもらった事に違和感を感じたり、改善されなかったりetc.でワタクシの元へ辿り着いてくれるんだとは思いますので、、。
当然その専門家からどんな具合に指導されているのか、アレコレ尋ねる事になります。

かといって「その専門家をやめましょう」と言った事は、かつて1度もアリマセン。
ワタクシは「自分と犬の為にこれだけは譲れない。という所をしっかり抑えておきさえすれば色々と得る事もありますので、美味しい所だけゲットして暮らしの役に立てるといいですよ」なんですワ。


その専門家が指導していて、相談者が理解出来てなかった部分を「それはこういう事なんですよ」と説明したり。
相談者の捉え方が間違っていたら「それはこう考えるといいんですよ」とフォローしたり。です。

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本来は、その専門家だって犬とのシアワセの為にそういう仕事をしているハズなんですから、教えている事が全て間違っているワケではないんですよね。
、、、その相談者が、自分と犬に合ってないと感じる事が多かったから、ワタクシの元へ辿り着く事になっただけで、、。

何が合ってないか、何が自分と犬にとって必要なのか、を相談者に理解してもらえば、、。
自分の中にしっかりしたフィルターが出来上がり、何処で何を学んでも、本当に自分達に必要なモノだけが見えてくるようになるんですから。


そういう事なら、二股だろうが三股だろうが、幾らでもやっていいと思うんですワ(≧▽≦)
美味しいとこだけつまみ食い。
いいじゃないですか~(≧▽≦)

ちなみに相談者には「ワタクシとの事を、その専門家に知らせる必要は一切アリマセン」と念押ししてます(≧▽≦)
"オフレコ相談"ですわ、わははは!!!

勿論、ワタクシも一切表に出す事はアリマセン。
先に書いたように、アチラが教えている事をワタクシがフォローしていたとしても…こういう事を好ましく思わない人は多いですからね。

、、でも、ヒトとイヌがシアワセになってもらえる事こそが、ワタクシの望む事であるのは確かです。

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ただ…オフレコにするおかげで、直接専門家に言えなかった事をドンドン吐き出してもらえる部分は、相談に乗る上では案外有り難い事なんですワ。
というのも「直接言えない自分自身」にも気づいてもらえますからね~。


ところで、こうやって辿り着いてくれる方々は…何故辿り着いてくれるのだろうかと考えると、、。

犬の問題が一時期的には収まっても、根本から治らない…とか。
今かかっている専門家が教えている事に納得出来ない…とか。
ハッキリした要因がある方もいらっしゃいますが、、。
中には「なんとなく何かが違う」的なモヤモヤしたモノを抱えて来られる方。
犬道!!犬道!!番外編を読んでもらって、、そこに何か答えがありそうだと行動を起こした方。。


前にも書きましたが、道具とかタイミングとか犬に関する知識とか…ワタクシよりなんぼか凄い専門家は沢山いらっしゃるし、とても敵うはずもアリマセンワ。
おまけにワタクシが教える事なんてのは、、、とっくの昔にシバツレに書いて来た事ばかりで、真新しい事なんか一つも無くて、、。
それを、何とかワタクシなりに伝わるようにと、相談者に合わせて…表現を変え、角度を変え、、、結局同じ事を繰り返しているだけ、、。

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ですが。
それでも改善される人と犬の暮らしがある、という事は、、。
相談者が経て来た専門家の中には、シバツレに書いて来た事を教えてくれる人が居なかった、、という事になるのかな。

それは。
自分に真っすぐ向き合って、自分自身に素直に気づく事。
そうやって、犬を鏡に、犬とともに成長し、自分の人間性を育む事。

犬道!!には、犬の心のバランスを整える事について書いていますが、それが結局自分自身のバランスを整える事と同じ事である、という事は、読んでもらえれば理解して頂けていると思います。

言っておきますが、ワタクシが育てるわけじゃないんですよ(≧▽≦)
そんなエラいニンゲンでは全くアリマセン。わはは!!!
ワタクシ自身も実行中、、、自分が自分を育てるんですワ。
そうやって、バランスを整えて行く内に、自分自身のコントロール能力が強固になって行く……。

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何故、「人間性」なんでしょうね?

「愛」は、ワタクシもですが、何処でも誰でも言っている事ですワ。
でもまあ、以前も書きましたが、ワタクシは愛が何なのか、とか…説明出来るようなニンゲンではアリマセンし~。(「判らなくなっていく〜」)
これが愛だ!なんて宣言とか、、、おこがましくてとんでもナシ(≧▽≦;;)


ただ、、。
愛そのものに「自分をコントロールする力」は無いのでは、、と思うんですよね。


ワタクシは時々、、相談者に、こんな事を尋ねる事があるんですよ。
「愛するこの子の為なら、世界中を敵にまわしたっていい!と思いますか?」

「思います、、、!!」

「その強い、その子を愛する気持ち、、凄く良く判ります。
、、、でも、それじゃあダメなんですよね。。」

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、、、、とても沢山の子供達を、愛と慈しみを持って大切に育て、、その子達の為ならどんな事でもやり遂げる、、そんな凄い強さを持った母親が居ました。

そして、実際にどんな事でもやり遂げていました。。。。


その母親の話は、、多くの方がご存知かと思います。


鬼子母神です。


彼女の中に、愛は溢れる程あったんです。慈しみも。優しさも。
そして、強さも。。

彼女をあんな行動に走らせたのは、その強い愛の力、だと思うんですよ。


「でも」

ですよね。



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何が足りなかったのでしょう?

ワタクシは、、「人間性」だと思うんですワ。
そう。
ワタクシ的に、違う表現をするとすれば、、「良心」、、かな?

行動を起こす時に、、良心がその行動をとどめようとするチカラ、、それを発揮出来なかったんだと、、思うんですワ。


愛は盲目、と言いますよね。
中には、愛し過ぎるあまり、相手の生すら踏みにじるようになる人も。。
いつの間にか…愛と信じていたモノが、もはや愛とは似つかないモノに変化している事にも気づかないままに、、。

これを踏みとどまらせる「何か」があるとすれば、それは「人間性による気づき」だと思うんですワ。

この人の為にorこの子の為に、これ以上はイケナイ、と気づく心。
そんな事をやっては、自分はヒトではなくなる、、と気づく、ニンゲン性。良心。


この自分をコントロールするチカラは、愛だけでなく、憎しみや、悲しみや、、様々な感情の行き過ぎによる暴走も踏みとどませる事が出来ると思うんですわ。

憎しみのあまり誰かに復讐をしたくなったとしても、、それをやってしまってはイケナイ。やってしまっては自分はヒトではなくなる。。。。と踏みとどませるチカラ。
これもまた、人間性・良心かと。


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犬道!!には、甘やかす事によって犬が歪んでしまう話を例えとして書きましたが、、。
同じ事なんですよね。

これ以上甘やかしては、この子の為にならない。自分の為にもならない。と気づいて行動を起こす事。
それが、飼い主と犬のバランスを整え、お互いを成長させて行く…。

「甘えを満たす事」は必要です。
しかし、過剰供給で「甘やかし」になってしまえば、犬が歪む。
どこで、それに気づくか。
知らずに甘やかしていたとしても、、気づいた時点で目を逸らすか、そんな歪んだ接し方をしていた自分に向き合うか。

犬が鏡となって、バランスを取れた姿を見せてくれるようになった時に、、。
それこそが「自然」なバランスなのだと理解出来るようになると思うんですよね。

だって、自然界には「過剰な甘やかし」なんてのはほとんど存在しない。
過剰な憎しみや過剰な愛も。

、、、だからこそ、ワタクシをも含むほぼ全てのヒトが、、と言って良い程に、、感情の過剰放出をする我々の中に、それをコントロールしようとする人間性があるのかもしれない、と思うのです。


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パニックに陥った犬が、自分自身をコントロール出来なくなるように。。
我々ニンゲンも、高ぶる感情のあまり自分を見失う事は多々あります。

それは急激なエネルギーの暴発で、判断しやすい。
、、他者から見れば一目同然。
自分でも気づきやすいです。
暴発した後でも、、後悔する事で遅まきながら気づきを得る事もあるでしょう。


しかし、それだけでなく。
気づかない内にジワジワとエネルギー供給が境界線を越えてしまっている事もあるんですよね。

気づかない内に、人間性を失った行動を取ってしまっている、、、。
自分は丁度良くエネルギーを供給しているつもりが、、、潮に流されていつの間にか航路を見失った船のように。
自分で気づく事は困難かもしれません。
でもまあ、他者から見れば…類共でなければ、見れば判るかな。


どちらにしても…暴発しそうな時でも、ジワジワといつの間にか変わりつつある時でも。

そうなりそうな時に、ハタと我に帰るチカラ。踏みとどまるチカラ。
知らずにそうなっていたとしても、、ある時、何かのきっかけを得て気づくチカラ。

それは人間性の成せるワザだと思うんですよ。
だからこそ、大抵の人はストーカーにならずに済むんだと思うんですワ。

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それは犬を相手にしても同様ではないでしょうか。
犬との接し方は、、それこそ千差万別、世の中に溢れています。

その行動を自分の良心に照らし合わせて、、それがもし少しでも痛むなら。。。。
その直感が訴えて来るモノに耳を傾け。
改めて自分の中の人間性を呼び覚ましてみる事が大事だと思うんですよね。


判りやすい例えを書くとすれば、、。
専門家の指示で強い道具を犬に対して使う、となった時。

「こんな道具を使うなんて可哀想」という心理状態の飼い主さんが居るとすれば。
それに対して専門家は、、、「それは投影による同情で、犬に"弱い自分"を投影する事が失礼な事なんです」とか「犬は痛点が少ないのでそんなに心配する必要はアリマセン」とか。
まあ、容易に想像出来まする。

、、、人間性はそれとはまた別に、、。
飼い主さんの中に「こんな強い道具をこんな使い方する自分って、、ヒトとしてどうなの?」という感じで発動するチカラかな。。。

飼い主さんにしてみれば、単純に「その道具、自分には使えません」「使いたくありません」と専門家に言うだけかもしれません。
まあ、、相手のチカラが強くて、それを言い出せないヒトは、日本人には多いかもしれませんね~。


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勿論、世の中には、、それでもなお、やむを得ず"その"方法を選ぶしかない場合もある事でしょう。
しかし、人間性が働いている状態であれば、安易には選択出来ないと思います。
選択するとしても、極限まで切り詰めた行動しか起こさないはず。
いえ、、起こせないはずです。


もし、これが、、。
「犬を助ける為にギリギリ必要最低限利用する」はずだったモノが、いつの間にか「都合の良い時に犬を懲らしめる為」のモノに変わってしまっていたら…。

一体、どこで人間性を発揮するのを見失ってしまっていたのかと。。


ワタクシが時々書いている「ハマる事の恐ろしさ」。
道具や知識に隠れ、その裏でジワジワと「何か」が進行してしまう恐ろしさ。一瞬にして見失う恐ろしさ。。

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この「恐ろしさ」は。
まるで凪いだ海のように、まさにゼロ基点のままに、、愛を込めて叱るつもりで、、、。

実際の行為そのものは、、犬をニンゲンに置き換えた時に「3歳児にハンマーを振るう」ヒトになってしまっていないか?という事。。

なにしろ相手は犬です。
犬はしゃべる事が出来ない。
犬はヒトが思うより丈夫で強い。
犬は、、、、痛点が少ないので大丈夫(!?)、、。

たとえ行為で使う道具がリードであろうが、ショックカラーであろうが、、犬にとってそれがどのように感じられているかは未来永劫判らないのですよね。
では、何を元に判断すればいいのか?という事なんですワ。

「可哀想」という投影だけでは、、既に上に書いた通り。
…それが当人を上回る知識等によって、簡単に覆されてしまう現実については「直感は大事に「直感は大事に2」にも書いて来ております。

とても敵わない程の知識や経験を前に、他に何があるかと言えば。。
「自分はヒトとしてどうなのか」「この犬を愛するヒトとしてどうなのか」、、、。


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憎しみや、悲しみや、、マイナスを元にした暴走に関しては、ヒトは気づきやすく、人間性を強く発揮する事が多いと思います。
でも…愛を元に見失う事もある。


「共感の渦」に書きましたが、共感の元は愛が基礎です。
そして、共感するモノが多ければ多い程、お互いを好きになる、愛するようになる。

しかし、愛に伴う行動が非人間性的であれば……共感が得にくくなるのは、誰でも判る事かと。
人間同士だって、いくら愛していると本気で100万回豪語されても、、行動が全く伴わなければ、、ねえ。わははは。

だってそこには、どんなに愛していたとしても、その愛をコントロールするチカラがあるかどうかが現れているからですワ。
コントロールを失った愛、なんて…ワタクシだって考えるだけでウンザリ(≧▽≦)ワハハハ!!!


人間性は、、、。
「この行動は、この犬を愛しているヒトとしてどうなのか?」と"良心"に照らし合わせ自問自答して、そこに真の答えを見出すチカラ。かとワタクシは思います。

その基準は、その飼い主と犬とで、これまた千差万別だと思いますワ。
世界にひとつとして同じ「飼い主と犬」は存在しない。。

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人間性は、誰の中にもあると思います。
、、、だってそもそも我々は、、ニンゲンなんだもの(あいだみ●を(≧▽≦)ハハハ!!!)。

人間性をしっかり育て強固にすればする程、「自分と愛犬の為にこれは譲れない」「この境界線は越えたくない」という感覚が養われて行く。
上記に既に書いたように、世の中に氾濫する情報に振り回されずに済む、強い芯が培われて行く…。


そういうわけで、ワタクシの相談を受けた後も、、続行して別の専門家にかかっている方は少なくアリマセン。

安心して、他の専門家の講習会を受けに行ったり、、ね。
ワタクシは「いいですね~!!使えるものは何でも使いましょうや」です。わははは!!

皆同じ事を言っているわけでは無いんですよね…専門家によっては真逆の事を言っている場合もある。
でも、その中から選ぶ事が出来るんですから。


誰にも洗脳されず、誰かを妄信する事も無く、優柔不断になる事も無く、、自分と愛犬に必要なモノだけを。

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逆に、アナタはお金を払っているんだから「これは私と犬には合わないと感じるので、別の方法を教えて下さいよ」って言っていいんですよ。と伝えております。

引き出しを沢山持っているからこその「専門家」。
最終的に同じ解決に導く方法は、きっと幾つもご存知のはずですからね~。

、、逆にそう言った時に「これこそが唯一の方法なんだ!他に方法なんかあるワケない!アナタは素人なんだから私の言う通りにして欲しい」etc.
、、、、等等と言う"専門家"だったとしたら、、、。
裏返せば引き出しが……という事になりますので、、結果的に「合わない子には押し付け・無理強い」になりますかね。
そうなると、まあ、、わざわざワタクシから相談者に進言する必要も無く。。。。


また、一旦は相談に来られたものの、、結局、即決で"犬問題"を解決させる方向へ行かれた方もいらっしゃいます。
それはそれでいいと思います。
「自分に合う」と当人が感じれば、それを選ぶのは当たり前ですワ。

ワタクシが書いている事は、、時間はかかるし、ハッキリしないし、良く判らんし(≧▽≦;;)ワハハハ!!(汗)
でも、、ワタクシ個人は、良いモノゴトって実は案外目立たないし…浸透したり増えたりするのに時間がかかるものじゃないかな〜と思ってるんですワ。

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ちょっと余談ですが(≧▽≦)
狼って、、「良いケモノ(けものへん)」って書きますよね(≧▽≦)

今回の記事を書いている最中にふと気づき。
「おおー"良心の獣"って事なのかも!」と、勝手にひとりでウキウキしておりました。
ワタクシの心の中に住んでいて欲しい、気高い獣。

日本の昔話に「狼のまゆげ」ってありますよね。
あれも、、狼には人の本当の姿を見るチカラがある話でしたっけ。
ネイティブアメリカンにも、狼に関しては似たような話があったと思います。

古に「狼」は「大神」とも呼んでいた日本。
そこにも共通の何かが見えてくるような気がしますワ~。
狼を神聖なイキモノとして見ていた日本人。。
その日本に住み続けて来た、とてもとても狼に近い日本犬。。

、、、、日本犬の見抜くチカラって、案外、、、(≧▽≦)ニンマリ~~~。



by koryu_misumi | 2015-07-14 22:03 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(10)

道具と心

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昨日は、大分でレスキュー活動をしているホームピーナッツの相談会が開催されました。
高速で、片道およそ2時間半の道のりをご機嫌でドライブして来ましたよ〜。

世の中、色々な保護活動家や団体があるものですが、、。
ワタクシがピーナッツを好きなのは、子供達への学習の場を設けている事です。

学習と言ったって、犬をどうこうする為の「知識」や「技術」や「道具」の勉強なんてものでは全く無くて、、。
「イキモノの命を想う心を育む為の学習の場」なんですよね。

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ジロウと。

ワタクシが時々書いている事、、次世代へ、後進へ語り継ぐ事の大事さは、ここの読者の皆様ならよくお判りの事かと思いますが。
ピーナッツが行っている事は、子供だけでなくイキモノ達と接する全ての人の心を育む事へとつながります。

、、、だって、誰かに心の成長を教えるには、それを教える側の心の成長こそが無くてはならないもの。

時々書いておりますが「経験した事の無い事を教える事は出来ない」んですよね。。

もし犬に関して「投影に基づく攻撃」をしない飼い主になりたければ、、当然「投影に基づく攻撃」をする人に享受しても意味が無いんですワ。
だって、その人は、経験した事の無い「心の成長によって心理的にクリアする事」を、他者に教える事が出来ないのですから。

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先日、球磨ちゃんや泰蔵のオーナーのKさんが犬に対して使う道具についての記事を上げられていました。(「遠慮を止めて一発目に、、、」)

「ショックカラー」って、、、ご存知の方も多いと思いますワ。

種類も色々で、携帯の振動程度にブルブル震える程度から、電気による痛みを(弱〜強まで)与えるものまであります。

ワタクシは使い方次第だと言う事は充分理解しておりますが、実際に使った事はアリマセン。
まあ、このブログをお読みの方なら、犬に何かをどうこうするより先に向き合うモノゴトがある事をワタクシが重視している事はよくご理解頂けているかと。

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そんなワタクシですが。
某専門家の指示の元で使ったショックカラーのおかげで「気狂い」状態になった犬の相談に乗った事があります。

、、、その家の抱える問題の根が「犬ではない」事は、、専門家であれば、1度でもやり取りをすれば充分判るものでした。

そう、家族なんです。
なのに、某専門家は犬に対してショックカラーを使う事をメールで指示したんですね。

、、、その家族に、その道具が正しく使えるかどうか、なんてのは、とっくの昔に「答えが見えている」んですワ。。。。

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何度も書いていますが、人は「そのつもり」である事が多いんです。
それは、勿論ワタクシ自身にも言える事。

ゼロ基点であるつもり。
正しく使っているつもり。

知識や技術が発達したヒトならそれも可能かもしれませんが、普通の飼い主さんの場合、普段から「つもり」が「本当」なら、そもそも犬は歪まないんですワ。
これもしつこく書いていますが、見抜く犬なら尚更。

だからこそ、「飼い主の心」を育てる事の重要性、「人間性」の重要性をシバツレに書き続けているんですよね。

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相談していると、「この人にこの"やり方"を教えてはイケナイ」と感じる相談者は沢山居ます。
それは、「やり方」を知る事で、その人が更に歪む事が判るから。

道具は、とても有り難い反面、恐ろしい面もあります。

その心底恐ろしい所は上記の例のような「この程度」の事ではなく、、。
それがうまくハマって、犬が従順になった時に、人はその道具への疑いを抱かなくなる…という事です。

「直感を大事に」に、ある実験について書いていますよね。
ぶっちゃけ、何の実験かと言いますと「拷問」なんですワ。

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実験の主催者側は、実験に参加する人に色々と情報を与えます。

「専門家が大丈夫と言ってるから大丈夫なんですよ」
「被験者も充分承知しているから大丈夫ですよ、ほら」と、笑顔の被験者を見せる。
「みんなやってますよ、あの人も、あの人も」←ワタクシ的にはこれが特に恐ろしい
「etc.……」

で、実験を行ってしまう → 想定通りの反応が出る。

これをね、、おもしろがって、笑いながらボタンを押す人が、どれだけ居たと思いますか?
、、、、大半ですよ。

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犬に置き換えて見ると簡単ですワ。

「専門家が大丈夫と言ってるから大丈夫なんですよ」
「あの犬だって、同じ事されてきてるけど、今とてもシアワセそうでしょ」と従順な犬を見せる。
「みんなやってますよ。あの飼い主さんも、あの飼い主さんも」

で、道具を使う → 犬が従順になる。

飼い主の心が、犬との調和を保てる程に成長出来る前に、、、問題が解決してしまう。
そしてそれは、一見、とても良い事のように見えてしまう。

中には、技を「披露する」飼い主さんもいらっしゃるかもしれませんね。

、、、人を惑わせ、歪ませる為の種は、辺り一面に撒き散らされている。
「みんな」が多ければ多い程、、特に日本人は安心感を得ますしね。

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「ワタクシ的、器の大きな犬3」に。
「犬は痛点が少ないので、人が思うほど痛みを感じない。だから、こういうショックは大丈夫」、、という次元の話を書いているのではありません。
その事実に面した時に、、人はどの方向を向くか、という話なのです」
と書いています。

「どの方向を向くか」、、つまり。
「そうなんだ。じゃあ、犬にはどんどんショックを与えても平気なんだ」という方向を向く人と。
「そうなのは判るけど、やっぱり出来るだけそういう眼には会わせたくないなあ」という方向を向く人。

問題は道具を使う事では無いのですよね。
そこに「在る」ココロの在り方。

道具の意味を理解しつつ、やむを得ず、一抹の敗北感と共に使用する人と。
これさえタイミング良く使えばどんな犬だって従順になる、と使用する人と。。

「ココロの在り方」は全く違うんですよね。

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更に追い打ちをかける事は。
人は回数を重ねれば重ねる程、慣れて行き、罪悪感が無くなって行く…更には心地よさを憶えるようになっていく。
映画なんかでも時々登場人物が言ってるでしょ「最初のひとりを殺せたら、あとはふたり殺そうが三人殺そうが大差無い」って。

道具のチカラのおかげで、従順になる犬は沢山います。
でも、その中には心が死んだようになる事で従順になる犬も居るんですよね。

既に「器の大きな犬3」に書いているように、、。
"学習制絶望感"によって従順になった犬との暮らしを、ワタクシはシアワセな暮らしだとは思いませんし、その行為を愛とも思いません。

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ビクター

いえ、それ以上に、相談者をそういう人間性のヒトにしたくないんです。
そういう方向を向くヒトにしたくない。

、、もっと言えば、ワタクシが教えた事のせいで、相談者をそんなヒトに「変えてしまう」事の恐ろしさに、、心底震えてしまうから。

だって、ニンゲンはワタクシを含め、誰でもソッチを向く素質を持ち合わせているから。
いとも簡単にアッチの世界へ行ってしまえる、、そういうイキモノだからです。
そして、それは、とても心地よい気持ちを与えてくれるモノだから。
、、ワタクシは相談に乗る度に、深淵を覗き込んでいるのです。

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ワタクシが、犬相談を承った飼い主さんの多くに伝えている、例えハナシがあります。

愛犬との「主従関係(本当はこういう表現は使いたくないんですが)」についての例え話。
仮に「城主が家来の命を取る」というハナシがあるとします。

A「諦めさせる場合」
城主が、有無をも言わせず、家来に死ぬ事を要求するようなものです。
そこには家来の意思が入り込む余地はアリマセン。
何が何でも主が決めた事には従え、という事なのですよね。
従わなければ、家来の家族を代わりに殺す、と脅してでも、死ぬ事を要求するような。
家来は「自分が何を言っても、この城主ならやり遂げるだろう」と、諦めて受け入れる感じ。

B「納得させる場合」
城主が「何も聞かず、俺の為に死んでくれ」と頼んだ時、、。
家来が「城主が考えに考えを重ねた上で決断された事なのだ。その上で自分に頼まれているのだ」と思える程に、日頃、城主と家来の関係が尊敬や信頼に満ちたものである、、というような。
「主、もう、何もおっしゃいますな。私の首で良ければ喜んで」と、納得して受け入れる感じ。

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日本犬に多い見抜く犬…その多くは、納得出来ない事を素直に受け入れるタイプではアリマセン。
「死んでくれ」とはあくまでも例えに過ぎませんが、、不条理きわまりない事です。

しかし、不条理を受け入れさせるにも、色々な道があるとワタクシは思います。
ワタクシは、、どちらを選ぶかと言えば、そら〜Bの城主に決まってますワ。


Bの城主と家来の間には、何の取引も存在しません。
城主が家来を納得させる事が出来たのは何故なのか?


ふたりの城主の違いは、、。
城主自身の「心の在り方」。
ただそれだけだと思うのですよね。


by koryu_misumi | 2015-06-07 11:56 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(4)

共感の渦2

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犬道!!番外編:前回の続きです(何の事?という方は、前回「共感の渦」を先にドウゾ)

前回、皆を共感の渦に巻き込んだ…と書いた、球磨ちゃん。。

皆さんの周りにも、ひとりやふたりはいらっしゃるのではないでしょうか。
ちょっとした会や、ちょっとした会議の場等々、、適度な人が集まる場所に於いて「その人が居るだけで」場の雰囲気が変わる、という人。
(個人のチカラの及ばない程の巨大な集団とは違いますよ)

その人が居るだけで、その場が落ち着いて穏やかで滞り無く、話し合いでも多くの人が納得出来る方向に進む。
会議がスムーズに進んだり、、。
集まりが興奮した時でも揉め事が起きにくい、起きてもすぐに収まったり、、。
なんとなく、その人が居るとモノゴトが丸く収まる、、そんな人です。

その人は、ある意味そこに居るだけで、その「場」を「支配」している、と言えると思います。


でも、実際のところ、こういうタイプの人は強い主張をするワケでもなく、控えめで、あまりコーフンしたり大騒ぎしたりしません。
どっちかというと、地味だったり、全然目立たない(^^;)、、、なのに、何故か一目置かれる。

これは、、征服的とか抑圧とか猛々しい感じだったり、権力を振るう事によって成り立つ支配ではなく、、。
ワタクシ日本人ですのでこういった表現になってしまいますが、、権威的な「和」の支配、、とでも言いましょうか。

球磨ちゃんの作り出した「場」とは、、そういう類いのものなんですワ。


カンタンに言えば「権威を行使するに相応わしい子に来てもらい、穏やかにあの場を支配してもらった」という感じですかね。
勿論、それが出来るのは、、球磨ちゃんの犬格があるからこそ。ですが。

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犬と暮らしていると、人は、便宜上、犬に対し権力を行使せざるを得ない立場に置かれる事が多いです。
しかし、ワタクシは、、、権力を行使する立場に居る事で、権威までも得た気になるような勘違い野郎には、、なりたくないんですワ。

まあ、時々居ますわな。
会社で肩書きがついた途端にエラそうに振る舞うような方。
部下達が尊重するのはその肩書きであって、本人そのものではない、と言う事に気づかない…つまり勘違いですワ。
当人が勘違いすればする程、部下の信頼も信用も失って行く事にも、、当然気づかない。

これは、見抜くチカラの強い犬を相手にする時も同様だと、ワタクシは思います。

ですので、借りる事が出来れば、それに相応しい子のチカラを借りるに越した事は無い、というわけですワ。←他力本願(≧▽≦)
我が家の散歩コースであれば、平蔵のチカラを借りるように、、。
単純に、イヌに最も分かりやすい相手は、ニンゲンよりイヌだと思いますし。。

そもそも、ワタクシは自分がそんなご立派なニンゲンでない事は重々承知~~。
その分、相手が犬だろうが子供だろうが、、尊敬出来る相手は、誰でも尊敬してしまうヤツなんですけどね(≧▽≦;;;)

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ただ、、権力ってのは、、、かなりヒトを惑わすチカラがあると思うんですワ。
その相手が犬であったとしても。です。
ワタクシなんぞは性根が弱いので、す~ぐ日和っちゃうし!!(≧▽≦)わははは!!
ですので、、ワタクシはしょっちゅう自問してるんですワ~…自分、カンチガイ野郎になってないか?と。


と言うわけで(≧▽≦;;;)
ワタクシの尊敬する球磨様にお出まし頂いて。。

あの日、集った飼い主さん達に共通して伝えた事はこれひとつ。
「いつでもいいです。機会が出来たら、球磨ちゃんのお尻のニホヒを愛犬に嗅がせてやって下さい。コッソリとでも、歩きながらでもいいですから」

そして、犬達は知るのですワ。
球磨ちゃんがどんな子か、という事を。

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ワタクシが球磨ちゃんに会ったのは、もう3年以上も前の事になりますかね。。
初対面の時、、初めて会ったとは思えない様子でワタクシを迎えてくれまして、嬉しかったですね~。

会って、割とすぐに「あ、この子は"保護者"だな」と感じました。

このブログで、たまに平蔵の事を「保護者」と書いておりますが、"そういう"タイプです。
落ち着いて、穏やかで、器が大きくて、、いわゆる"支配性"も持ち合わせているけども、それをコントロールする能力も高い。
自分に導ける犬が居たら導こうとし、何かあれば群れを守る為に身を挺して守る事もする。。。

そして、その精神性の高さ……精神年齢の高さと言った方がいいかな。

当時、Kさんに「この子は、群れ(家族)に何かあったら、命がけで守ろうとしますよ」と言った時、、Kさんは真に受けてませんでした、わははは!!
だって、、球磨ちゃんは、普段あまりにも穏やかで優しいんですもんね。
おまけに、そんな事態は滅多にある事でもありませんから。

でも、ワタクシ、、球磨ちゃんに「ワタクシは知ってるからね」と、コッソリ話しかけてたんですよ〜(≧▽≦)(そしたらホントに起きた…「本気の迎撃態勢」)

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ちなみに、ワタクシが接して来た限りですので、犬種的に片寄っているかもしれませんが、、。

ほとんどの犬は、年長が年少を(または知識や経験が豊富な個体が、そうでない個体を)導く事が出来る、とワタクシは思います。
ヘタレの珊瑚だって導けますし、野生の強い伊佐蔵でも導けます。
それは、シバツレをご覧の方々ならよくご存知かと。

ただ、珊瑚が導ける対象や伊佐蔵の導ける対象は、、やはり彼らの能力によって限界があります。
それは、器の大きさだったり性格だったりで限られて来るワケですが、、。
これまた良くご存知かと思いますが、平蔵が対象に出来る範囲の広さは、、やはり平蔵の持つ犬格があるから。なんですよね。

単純に年齢が高くなればそれだけ導く能力も自然と高くなる傾向がありますが。(あんまり年取ると子供返りするけど(≧▽≦))
精神年齢の高さは、年齢によるものだけではない、という事もよくお分かりかと思います。

誰しもが口にした事はあるのではないでしょうかね?
某子供の言動を見て「あの子、オトナだな~」って。

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その素敵な(≧▽≦)球磨ちゃんですが、、。

お散歩会の場を(和の)支配してもらうにあたって、彼はKさんやワタクシが何を求めているか、ちゃんと理解しています。

「元々おせっかい焼くのが好きな子なんじゃないの~?」なーんて。
ただ、世話好きな犬に好き勝手させてるだけだと思われるかもしれませんけども、、。

カンタンに言えば、彼は認めてない人の言う事は聞かないタイプなんですワ。わははは!!
どころか、聞こえないフリとか、、?(←今、多くの柴オーナーが「うんうん」ってうなずいているはず(≧▽≦))
いや、お手とか芸関係は誰でもしてくれると思いますが、、相互関係が必要なモノゴトに於いては、、ってトコですかね。

、、まあ、柴犬らしいっちゃ柴犬らしいですな。ハハハ!!
ワタクシは有り難い事に認めてもらえているようで、、だからこそ、彼に任せられる。

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任せると言っても、、。
例えば、散歩コースで色んな子を平蔵に導いてもらう時、ワタクシと平蔵はわざわざ会話をしているワケではないんですよね。

平蔵はそばに立つワタクシが何を考えているか、、匂いや、動作や、リードを伝わる感触で感知します。
(今はちょっとモーロクしてきてるのでアヤシいけど(≧▽≦)わははは!!)
ワタクシもそばに居る平蔵の佇まいから、平蔵なら相手をしてもらっても大丈夫そうな子だなと感知する。。。

「この子なら、平蔵が教えてやれそう」
「香龍が、俺なら行けると分かってるな」
という感じで、相互で感知して相手の犬と接してもらうワケですよ。

ワタクシはそのフォローとして、飼い主さんに聞かせるために、わざわざ声に出します。
「平ちゃん、大丈夫だよ~って教えてやってね。●ちゃん、この平蔵おじちゃんは優しいから大丈夫だよ~」とかね。


球磨ちゃんも同様。
例えば球磨ちゃんと一緒に歩くKさんが、導く気の無い犬を目の前にした時、彼はそれをちゃんと感知する。
念を入れたい時は「球磨ちゃん」と更に一声かけて、目と目が合えばそれでOKでっしゃろ。
わざわざ言葉にせずとも、リードでツンすらしなくても、それで「導かなくていいんだ」と彼は理解する。。

球磨ちゃんは、ワタクシが、自分を心底信じているかどうか程度の事はカンタンに感知します。
それを知っているから、認めてくれているのです。

、、それは、既に犬道にも書いて来たように、見抜くチカラの強い犬ならどの犬でもやる事。。
でなければ、任せられません。


、、ワタクシは何故、任せられるのでしょうね?

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例えば、某仕事を部下に任せる事が出来ない上司が居たとします。
、、何故任せられないのか?
それは、その部下の能力を信頼していないからです。

では、さかのぼって、、上司は何故部下の能力を信頼出来ないのか?
、、それは、自分自身を信頼出来ないからです。

例えば、上に書いたような"肩書き勘違い上司"は、自己愛が強い為に部下を育てる事が出来ません。
、、だって、自分より成長されてエラくなられるわけにはイカンから。
自分の大事な肩書きを守る為に、部下の成長のための指導をしない。
その、自分がやって来た行為の意味を、、無意識下で自覚しているから、任せる事が出来ないのです。

「これ以上無いという程、充分に育てた部下だ」と、自分の行為を信頼し、自信を持って言えるなら、、同じくらいその部下を信頼して任せる事が出来るはず。


また。
子供を過剰に甘やかしまくって育てた親は、子供が大人になって自立する時が来ても過干渉です。
自分が居なければこの子はダメなんだと。
独り立ちしようとする子供の能力を信頼出来ません。

何故か?
子供を手放したくない、のは勿論ですが。
その為に、、自立出来るように育ててきてない自分の行為を、無意識下で信頼出来ないから、、なんですよね。

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、、、つまり、誰かを信頼出来るという事は、自分を信頼出来るかどうか、という事につながる。。


ワタクシは、球磨ちゃんと会って受け取った情報を総動員して、彼が信頼に値するイヌだと感じた。
そして、その、自分の経験や感覚を信じた。
飼い主のKさんも同様。


勿論、任せたからといって「100%絶対大丈夫」では無いのは、犬世界に限らず、全てのモノゴトに於いて言える事です。
上司が信頼して任せた部下だって、絶対失敗しないとは限らない。
どんなにしっかり育てた子供だって、道を誤らないとは限らない。

どんなに交通法を完璧に守って道を歩いていても、事故は……起きる時には、起きるんですな。

それは、、なんというか、この世界の摂理とか、理とか、そんなモン。

、、、その為に、ワタクシやKさんは犬達のリードを持ち、フォローに入るんですよね。
それは、球磨ちゃんを信頼していないからではなく、世の理として起きる事の為に我々が出来る事だと思うんですワ。

失敗した部下の責任を、上司が部下と一緒になって負うように。
道を誤った子供が、いつでも帰って来れるよう家で待つように。
心底信じて任されれば、誰だって能力を充分に発揮しようとするんじゃないかな。

おかげ様で、、球磨ちゃんは当日、充分に「落ち着いて穏やかで楽しい」共感の渦に、皆を巻き込んでくれました。
一度経験した事は、、無かった事には出来ません。
そして、一度経験出来た事は、その後も経験出来る可能性へとつながります。

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ちなみに。
この、、球磨ちゃんや平蔵のような犬は、何処にでも居てくれます。

んが!!
ウジャウジャ居るわけではアリマセン(≧▽≦)わははは!!

ニンゲン世界だって「周りにひとりかふたり位、そう言えばそんな人が」程度のモノですので、犬世界も似たような率かな~。

球磨ちゃんや平蔵のような雰囲気、、上に書いたような条件を満たしている感じの犬、、に思い当たるなら。
、、いきなりご挨拶なんか無理にしなくてもいいんですワ。
ちょっと一緒に歩かせてもらうとか、、前と後ろで歩いている時にコッソリお尻を嗅がせてもらうとか、、そんな小さな事からジワジワとお近づきになると良いと思いますよ~。


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あの日「世の中は素敵なんだよ」「ニンゲンと歩くって素敵なんだよ」と教えてくれた球磨ちゃん。

それが出来たのは、既に挙げた能力があるという事も、勿論ですけども。。
そこにもっとずっと大切な事がある、、という事を、最後に書きましょうかね(≧▽≦)


それは、、、。


球磨ちゃん自身が、人を愛し、人を信じ、人と暮らす喜びを充分に知っているから出来た事。。


by koryu_misumi | 2014-11-11 13:31 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(6)

共感の渦

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ハイ。久しぶりの犬道!!番外編です(≧▽≦)

いい写真でしょ~。
ワタクシには、彼の人格ならぬ「犬格」がこの写真からもダダ漏れてるように感じるんですワ~。
時々シバツレに登場してもらっている、Kさんちの球磨ちゃんです。

先日「ありがたや~。」でチラリと触れていた某イベント(?)の時のもの。
(犬写真家のTAKAさん撮影。ちなみに今回の写真は全部そう〜(^^))


そのイベント、正式名称を「お散歩練習会」と言います。(← ※現在は「和散歩会」に変更)
この会は、彼が居ると居ないとでは雲泥の差だったに違いアリマセン。
が、、そのハナシは後ほど(≧▽≦)

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さて。
「練習会」という名前ですが、正直「お散歩会」の方がイメージ合ってるかも。とワタクシ思っております。わははは!
何しろ、難しい事はな~んもナシ。
ただ皆でオシャベリなどしながら、ゾロゾロと歩くだけなんですから(≧▽≦)

、、それが一体何の為になっているのかと、気になる方もいらっしゃる事かと。。

この会、、。
主催のKさん曰く「犬と手をつないでいるかのように歩く散歩の楽しさ」を感じる会なんですよ。

つまり、ヒトとイヌが一緒になって「楽しいという気持を共感」する。

ヒトは、イヌと散歩する事はとても楽しい事なんだ、という事を実感し。
イヌは、ヒトと散歩する事はとても楽しい事なんだ、という事を実感し。

、、それをお互いに「散歩楽しいね~」「うん、楽しいね~」と「共感」しあうんですね~。

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以前載せた記事「あ、、犬じゃなかった。」をご覧になった方は、その内容を憶えておいででしょうか。

まだヒトとして成り立ってもいない状態の赤ちゃんが、絵本を前にして、アイコンタクトでママに共感を求めた出来事についてチョイと書いております。

「ヒトの赤ちゃん」は、「生まれたてのただのほ乳類」から、「ひとりのニンゲン=ヒト」へと成長していくワケですが、、。
それは、自分以外のニンゲン達と接する事によって成り立ちます。
赤ちゃんの生に於ける、最初の「ヒト」との接点はママ。(もしくはママ代理)
視点を変えれば、赤ちゃんにとって、ママは世界中の「ニンゲン代表」でもあるワケですな。


その上で「あ、、犬じゃなかった。」に書いた事が示しているのは、、。
人間社会の、善悪や、法律や、宗教観や、思想感、、、更には言葉…それらを憶えるよりも遥かに早い時点から、ママと赤ちゃんの間に「共感」が培われている、、という事なんですね~。
しかもアイコンタクトを通じて。

それだけ早く培われる、という事は、それだけ相互間の関係の、深い部分に培う事が出来るモノじゃないかな、とワタクシは思うんですよ。

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「共感」

同じモノを見たり聞いたり触れたり、、同じモノゴトに関して、感情を共有する事。


しかし、よ~~~く考えてみれば、、。
ぶっちゃけ、「共感」つったって相手の気持が真に判るワケでは無いんですよね。
自分以外の生き物の頭の中なんて、、同じニンゲン同士ですら理解不能なんですから。
(一応スピリチュアルは除外するとして~(≧▽≦)ははは!!)

にも関わらず、嬉しそうな赤ちゃんを見たママは「赤ちゃんはこう感じてるんだろうなあ」と感じ(認知)→「素敵だね~!ママも同じ気持だよ!(感情)」と、笑いかける、、。
すると、、赤ちゃんも嬉しそうに表情や態度や声色で返してくる、、。


という、、真の意味ではありえない…かもしれない(?)、「同じ感情を共有」するんですな。

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そうして、成長して行くにつれ、赤ちゃんもママと同じような共感力を持つようになっていく。。

この共感力があるからこそ、ヒトは、協力や、協調や、社会的秩序等を元に社会性を発達させて行くようになる、、というワケ。

勿論、赤ちゃんがママに求めた共感は、まだ発展途上で投影的なものだと思いますが、、。
ママの共感は、相手の気持を推し量らず自分勝手に「自分がこう感じるから、相手もきっとこう感じているに違いない」と「投影」するのとは、ちょっと違うと思うんですよね。

、、相手の気持を推し量った上での共感。
「ワタクシ的ニンゲン観察」(犬道!!番外編)には、「投影による攻撃」についてチョイと書いております)


ママは何故共感しようとするのでしょうね?
それは、凄くシンプルな事、、、赤ちゃんを愛そうとしているからではないでしょうか。

余談ですが、近年では、共感力に乏しい親による子育てが問題視されているようで。
というのも、先に書いたように、共感力は社会性の発達に影響しますので、、、、結果的に社会に溶け込みにくい子が育つ可能性がある、、場合によっては反社会的に育つ…という事にもつながるんですね~。
裏返せば、、愛し方が分からない・愛が何なのか良く判らない、、そういう悲しい人が増えている現実があるからかもしれません。

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、、え~ハナシを戻しまして。。

、、、というワケで(≧▽≦;;)
犬社会によくある、、しつけや、ルールや、上下関係や、、、そういったモノよりももっと早く、もっと深く、ヒトとイヌの間に培う事が出来るモノ、、。
、、、それは「共感」ではないかと、ワタクシは思うんですワ。

ありえない、、かもしれない(?(≧▽≦))、同じ感情を共有する事。


ところが、実際は、、、。
犬世界では、犬と飼い主が初日から共感する隙も無いままに、犬にルールや上下関係を教え込むように勧める、、もしくはそれが当たり前のように感じざるを得ない程の情報の氾濫、、という現状があるワケですな。

「こんなに犬を愛しているはずなのに」伝わっていなかったり、、犬だって飼い主さんと意思疎通すらしようとしなかったり、、。
そんなヒトとイヌを見る度に。
、、、何か大切な事を置き去りにしたまま、、今日まで暮らしてきてはいなかったか、と思うのですよ。

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共感しあうママと赤ちゃん。
共感しないママと赤ちゃん。

その、どちらの方に、、。
より深い愛が、深い絆が、深い意思疎通が、、。
その延長線上として、よいしつけや、よい社会性が発達していくでしょう。
、、、考えるまでもアリマセンよね。

でも、「もうダメだ」「もう間に合わない」なんて思う必要も無いんですよ。
いつからでも、、これからでも、「培おう」とする事が決して無駄になるはずがない、という事も同時に世の常だと思うんですワ。

また同時に、それは、犬に愛を伝える事、愛し方を知る事、犬との愛を実感する事々…へとつながる、、という事は、、ここまで読んだ方には感じてもらえたのではないかと思います。

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で、先日の「お散歩練習会」、、。

ヒトとイヌが最も共感しやすい素材。
それは、まさに「散歩の楽しさ」だと思うんですよね~。

この会はKさんが主催で起こされたものなんですけども。。
ワタクシ、その企画を初めて聞かされた時に「あ~素敵なプロデュースだなー」と思ったんですワ。←珍しく横文字(≧▽≦)わははは!!!

難しい事はナシで、ただ、ただ、楽しく一緒に歩ければ。と。

特にまず、飼い主さんがそれを感じてもらえば、、イヌはそれに追随する。

、、というのも、イヌは、いつでもシアワセになる方を受け取る事が出来る生き物なのに対して、、ニンゲンってのはもっと複雑な精神構造をしてますからね~(≧▽≦)ハハハハ。←一応自分も複雑なつもり

複雑な精神構造をしていても、最もストンと心に入る方法があるとすれば。
それはズバリ「実感」しか無いのでは。
時々使い回す言葉ですが、、。
100の説明を受けるよりも、1の経験に勝るものは無い、と思うんですよね。

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Kさんは、犬達との暮らしの中で、ちゃ~んと肌で感じ取ってたんですね。
ヒトとイヌが共感する事の大切さに。

「ギャン吠えワンコがギャンギャン吠えてたっていいんです~」
「リーダーウォーク?何ソレ~?でもいいんです~」
、、、てなノリで始めた会だったんですワ。

ところがね、、、ホントに素敵な会でしたよ。

この、皆の穏やかで楽しそうな様子を見て、、。
「どうせ皆、"問題"って言ったって大した事無い子ばっかりなんでしょ~」なーんて思われる方もいらっしゃるかもしれませんね~。

どの子がどんな問題を抱えていたか、なんて、、。
何度も同じ事を書いてきておりますが、それをここで書く気はアリマセン。
判るヒトが読めば、、それはカウンセリング情報を漏らしているに等しい事になりますから。

でも、、、。
そう感じてもらえるヒトが居たとしたら。
それは、、裏返せば、このお散歩会が大成功だったって事かな(^^)ウッフフフ。。。

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勿論、それには、冒頭の写真の球磨ちゃんが居てくれた事が大きく作用しております。
、、、正直、ワタクシがやった事で、大した事はアリマセン(≧▽≦)わはははは!!!

Kさんやワタクシがやった事は、飼い主さんが犬と共感しやすくなってもらう為に出来る事、、ですかね〜。
愛犬の性格が分からなかった飼い主さんには、その解説を。
愛犬の行動の意味が分からなかった飼い主さんには、その意味を。

でもね。
「落ち着いて穏やかで楽しい」…その「共感の渦」に皆を巻き込んだのは、他ならない、球磨ちゃんなんですよ。

目には見えないけれども、、、。
彼の周りに作られた「場」の作用するチカラ。

それは、多分、、、、ほとんどの人は、その素晴らしさには気づかないに違いアリマセン。
その場に集う沢山の犬達の中の一匹が、、ただ、佇んでいるに過ぎない光景でしょうから、ね。
しかし、彼が居てくれたのと、そうでないのとでは、この日の皆の笑顔は少し違ったものになったと思いますワ。

、、、球磨ちゃんのハナシについては、、、。
長くなりましたので、今日の所はここまで。
続く~~(≧▽≦)

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by koryu_misumi | 2014-11-09 11:23 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(6)

どうしてヒトはイヌと暮らしてるんだろう?

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以前、「犬と自分との間に、一番大事なモノがあるとしたら、それは何?一言で言うと?」と、ある人に尋ねられました。
、、、多分、ワタクシとチビズとの暮らしを知っているから、こんな事を尋ねられたんでしょうけども。


えー、一番??
、、、別に順番なんて考えなくても、、。

てか、一言では難しいなあ~、、いつもは「大事なモノ」みたいな言い回しをしちゃってるけど。
ん~~、、、無理やり、、。←?

「ハート、、かな(≧▽≦;;)?うっへへへ」←キザな事言って自分でテレてる

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↑イノシシの蹄の跡…

ひょっとしたら、その人は、、ワタクシが”犬道!!”みたいな内容の返事をするのでは。な~んて思ってたんじゃないかな~と、推測しますワ。

でも、、犬道!!みたいなモノは、チビズとワタクシの間にある「点」に過ぎないんですよね。
たまたま、目に見えているだけの、、。
“犬道!!”だけでなく、気の向くままに書く”長文”も、日ごろ書いている記事の全ても、全部ただの「点」。


実は、それらは目に見えない部分でつながっていて、、「点」が「線」となり、、更に「線」がつながり合い、重なり合い、「覆う」にとどまらず、、、まるで空気のように1ミリの隙間も無くワタクシとチビズの間に満ちていて、、。

その、満ちているモノを、一言で言い表そうと思うと、、「ハート」かなぁ。という感じです。


個人的なイメージで申し訳無いんですけども、日本語の「心」という表現では足りないような気がするんですよね。
う~ん、、「愛」でもしっくり来ないような。
「愛」や「心」や「気持ち」や「思い遣り」や「通じ合い」や「共に過ごした時空間」や「縁」や「運」や、、色んな事をひっくるめた、「何か」、、。

、、他にもっと何か、ピッタリくる単語があれば、今すぐにでもそれに乗り換えますけどね(≧▽≦)わははは!
(↑あまりこだわりはナイ)

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極楽浄土にかなり近いかもしれない田舎

ハートネタ(?)で、、。
普段、ワタクシが犬の相談を受けた話は、ここではあまり書きませんが、、こんな話をひとつ。

二頭の犬と暮らす方が居て、、。
この二頭は毎日のように喧嘩をしていた。(片方がいつも喧嘩をふっかけていた)
また、他者(&犬)への吠えもひどかった。

ワタクシは、二回だけお邪魔しましたよ。


ちょっと詳細を書きますと。
いつも喧嘩をふっかける方の犬(Aとしましょう)を「強い犬」と勘違いされていたんですね~。
もう片方の犬(Bとしましょう)は、おとなしい子で、、そんなAにヘソ天になってみせる事もあったため、そちらを「弱い犬」だと思われていた。

実はAは器が小さく神経質でパニックになりやすい子でした。
Bのヘソ天は、実は「落ち着いてA!ほら!」とAに言っていたんですね。
BはAのそんな状態をなんとかしてやりたいと、、Aよりは器が大きな、優しい子だったのです。

そしてAをテンパらせている要因の大部分は飼い主さん。
(→器が小さいというのに、Aは誰も頼る事が出来ていない)

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バーニーズのダンク君、いつも尻しか撮ってないような

いわゆる「解決策」を単純に書けば。
飼い主さんが落ち着いて穏やかに接する事。
そして、犬達がきちんと落ち着くまで見届ける事。
また、BをA より上位の存在として扱う事で、更にAは安心できるようになる事。
Bの落ち着いて穏やかな行動を褒めてAの手本とするように。


上記以外に難しい事は、、、、犬の耳の角度だとか、尻尾の立ち方とか、いわゆる「犬の見方」のような事は、ほとんど伝えておりません。
リードのつけ方や使い方に至っては、全く伝えておりません。わははは!
他には、、、タイミングのような事も、ほとんど伝えておりません。
間違っても全然かまわない。
気楽に楽しく、無理しない、頑張りすぎない。
極める必要もない、出来る時に出来る事を出来るだけ。

ただ「犬だから」と思わずに、本気で「伝わる」気持ちが大事な事は伝えましたけども。

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この時期はよくカメラマンが蓮を撮りに来ている

二週間後にお邪魔したら、吠えもすっかり落ち着いていて、初回にお邪魔した日以来、たったの一度も喧嘩はしてない、、との事でした。
犬達は、以前よりずっと穏やかな表情で、、、、飼い主さんもね(≧▽≦)。


もう大して伝える事も無く、、歓談していると。
「あのう、、最近Bがですね、、特に何もないのに、時々嬉しそうに尻尾を振りながら何か言いに来るようになったんですけど、、、。
嬉しいのは判るんですが、、何を言ってるんでしょう?」と飼い主さんが。

思わずニンマリしましたよ。
「わははは!そりゃあ、“嬉しい”のは当たり前じゃないですか~。
それまでは毎日毎日、Aに八つ当たりされてたんですよ。
それが今では、、“ママ!この頃、ボク、いつもAとも仲良く過ごせる、、褒めてもらえる、、毎日シアワセだよ~”って、、、」


そしたらね。
飼い主さんの眼に、、。


この時、この飼い主さんと犬達、双方の間に満ちているハートを、ワタクシは感じたような気がしたのですよね、、。
それまで、何故か焦点が合ってなかったモノゴトに、ようやく焦点が定まったような、、。

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この涙は、、ただ「犬のトラブルが解決できたから」というだけでしょうか?

いいえ。
ワタクシは、それはただの「点」に過ぎない、と思うのですよ。


例えとしてはあまりヨロシクないと思うので、、該当される方には申し訳ないのですが、下記の例えをご了承頂きたい。

例えば、過食症は、ただ、食べたいから、食べる事が我慢できないから、、、が原因ではないのですよね。
また、「食べるな!」と食べる事を抑制して、、仮にある程度成功したとしても、それが真の解決では無い。

その人が抱える、様々な、、日常や過去からの積み重ねや、内面にあるモノ等の歪みが、たまたま過食症というカタチを取って表面化している。という事なのだと思うのですよ。
ですので、真に解決しようと臨めば、、もっと深い部分から取り組む事が必要となる。。。
沢山の歪みに向き合って、そこでようやく、過食症が治った、と言える、と思うのですよ。

犬のトラブルの多くも、犬だけが原因では無い事が多い、、という事は、既に書いてきています。
上記の例のように、様々な要因が重なり合って、それがたまたま身近な鏡である犬という存在を通して、表面化している事も少なくない、とワタクシは思うのですよね。

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しつこく極楽浄土

、、、だからと言って、誤解しないでくださいよぅ~。
いくら何でも、ワタクシだって、その飼い主さんのプライバシーの奥底まで深入りするつもりは毛頭&全く&200%ありませんがな(≧▽≦)


ワタクシは、ただ飼い主さんに「はい、落ち着いて穏やかに~」と、伝え。
第三者の眼で見ながら「ほらほら~、今、イラッとしてましたね~嘘ついてもバレバレですよ!わははは!」とツッコみを入れるばかりですよ(≧▽≦)
、、そんな「ハート」についてのゴチャゴチャ面倒くさいハナシなんぞ、カケラも触れません。

でも、結果的に、飼い主さんと犬との間に、以前にはあまり感じられなかった何か…ハートを感じられるようになったのですよね。

ああ、、この犬達と飼い主さんは、もうこれで大丈夫だな~と感じる、あの瞬間。

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何度も書いてきていますが、落ち着いて穏やかなゼロ基点の状態は、犬と最もつながりやすい状態だと思うのですよ。
それは、ある意味「素直な状態」でもあると、、。

というのも。
焦る自分、ビビる自分、イライラする自分、怒る自分、、、、を、自分の力でゼロに導くには、、。
そんな自分を「焦ってなんかない!」と否定する事ではなく。

「あ、今、自分焦ってた」と、素直に受け入れる事。

、、でなければ、本当のゼロ基点には辿り着けないと思うのですよ。
そんな自分を否定する事は、ぶっちゃけ自分に嘘をつく事。
それは、素直とはほど遠い、と思うのですよね。


というわけで。
「落ち着いて穏やかに」と、ただ、一言で済む事は、、。
実は、その裏で、同時に「自分に真っ直ぐ向き合う事」を、、まさに自分で自分に要求している事になる、と思うのですワ。

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ワタクシは、ヒトを苦しめるモノゴトの中のひとつは、自分自身だと思うのですよね。

強力な罪悪感を抱えていたとして、、、。
それをどんな偉いヒトや、世界中の全てのヒト、神様に赦されようが、、最終的に自分が自分を赦す事が出来なければ、それまで。

誰もが、意識的&無意識的に、自分が決めたルールや観念や思い込みや過去からの経験等に縛られて、自分の首をしめる。
「~でなくてはならない」「~しなくてはならない」「、、、」

裏返せば「それ以外は“ダメ”」、、と、ダメ出しをし続ける事でもあると思うのです。
それを守らなければダメなのだと。それ以外の事は許されないのだと。
その為に、嘘をつけばつくほど窮地に追い込まれることは知っていても、、自分自身を欺き、目を逸らし、認めず、だまし続ける、、。

、、も、勿論、ワタクシ自身もですよ(≧▽≦;;;;)
意識せずとも素直に生きている人を見ると、どんだけうらやましいか!わははは!!

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いつの間にか、そんな自分に向き合えていくように。
いつの間にか、素直な自分が頭をもたげてくるように。
犬の為に「落ち着いて穏やかに」とやってきた事が、同時に自分自身をも癒していく、、。

犬と真っ直ぐ向き合うという事は、、自分と真っ直ぐ向き合う事でもあると思うのですよね。


犬との関わりの中での癒しについては、数年前にミクシイのディープな限定公開記事の中で触れた事がありますので、アレをご覧になった方は、あの記事ともつながっている事を感じてもらっているのではないかと思います。

また、素直なココロは、自分の直感を無視できません。
なにしろ「素直」なんだから(≧▽≦)わははは!
微かな疑問やひっかかりも見逃さなくなる、、。
そして、いつの間にか、無意識下から湧き出てくるモノゴトに、自然と耳を傾けているようになる、、。
、、直感の大切さについては、既に長文「直感は大事に」「直感は大事に2」に書いていますが、勿論つながっています。


みんな、、、みんな、つながってるんですよね。


というわけで、、。
あの涙には、「犬の問題解決」以外の、、、飼い主さん自身も意識してなかった、自信の無さや、不安感や、緊張や、色んなモノゴトの癒し、、、多分、本人も具体的には判らない「何か」が含まれていたのでは、とワタクシは思うんですワ。

ただ、、、。
素直になる事が、人によっては大変な恐怖や苦痛や努力を伴う事もあるようですけれども、、。
それで自分自身を失う事は、、決して無いと、ワタクシは思うのですワ。

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これまた過去に何度か書いてきましたけども。
「人と犬の暮らし」の中では、ヒトとイヌが家族としてシアワセになる事が最重要事項である、とワタクシは思うのです。

そして、それぞれの家族に、それぞれのカタチでシアワセはある。
そこに必要なのは何だろう?と考えると、確かに色々思い浮かびますけども、、。
、、やはりハートは外せないな、、と思うんですよね。

そのための基礎が、自分自身を「落ち着いて穏やかに」。
、、、まあ、基礎と考えるからこそ、犬道!!シリーズの初めに書いてるワケですが。


何しろ、、、犬はニンゲン世界に寄り添うから「イヌ」で居られるのであって。
ぶっちゃけ、犬は後回しでも構わないとたまに思うくらい(≧▽≦)
というのも、犬達はいつでも“受け付け体制万全”なイキモノだと思うし、、時々書いているように、たいていの人が思うよりもずっと強いイキモノだと思うから、です。

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この相談の場合はまさに、それ以外の事は、ほとんど、、、上記の通り「犬の事」について、詳しい技巧や見方やタイミング等は伝えませんでした。

でも、ハートが満ちている事に気づいてもらうには、、それで充分だったようですワ。

お陰様で、二度のお邪魔で充分だったようで、あれ以来お呼びがかかる事もありませんが、、今後も、必要以上に技巧等を伝えるつもりはアリマセン。

逆に、中途半端に見せて、そちらに飼い主さんがハマってしまうようでは本末転倒ですし、、飼い主さんにその時のワタクシのようになりたいと思わせてしまってもマズイ。。

このケースの場合、最重要課題は、、飼い主さんにより本来の自分自身を取り戻してもらう事で、、それから道を外れてしまう可能性が高いと感じたから。ですワ。
ハートを見失い、、カタチや技巧ばかりに走るとどうなるか、それは、長文「器の大きな犬3」の終盤に書いた通り。

そしてまた、、。
随分昔の長文にも似たようなことを書いておりますが、ヒトは自分自身の上にこそ主として立てるのだと思うのですよね。
犬ではないのは勿論の事、他人や、、ワタクシであってもマズイ。過去からの幻影や妄執であってもマズイ。

そのためにもまず飼い主さんが、飼い主さん自身の主として在るように。

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犬が好きなら、犬を一番に考えるべきでは?
面と向かって、そう言われたこともありますよ。

でもね~、、。
ワタクシはそこに「ハート」を感じない「ヒトとイヌの暮らし」は苦手なんですよね。。


やっぱり、、眼に見えないけども、そこに満ちているモノが好きだから。
、、、だからチビズと暮らしてるんだな、ワタクシは。


シバツレをご覧の皆さんとチビズ&ワタクシの間にも、、、沢山の点と点、線と線、、うまく言葉で言い表せない「大事な何か」が満ちている、とワタクシは感じます。

たまに、読者の方と触れ合える機会もありますが、、初対面でも、そんな気が全然しないのは、そういうワケだからなのかな?


by koryu_misumi | 2013-07-28 11:06 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(2)

ワタクシ的、器の大きな犬3

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はい、前々回&前回からの続きです~。

今日「え?何の話?」と思われた方は、、面倒かと思いますが前々回から、、、読んでチョ。
てか、ホント面倒だったら、もぉ次のUPまで待っててチョ(≧▽≦)わははは!
またいつものノンビリシバツレに戻りますからね~~。

では、一部のコアな長文読者様、今回もブルーベリー持参でドウゾ!


さてさて。
器の大きな犬はトップにふさわしい、、という事で、その“強さ”について。

犬のそのような“強さ”を表す行動として、よく知られているのは「前に出る」「上を取る」「高い所を取る」「場や物の主張をする」、、、等々あります。
強さと言っても“腕力”ではなくて~(≧▽≦)、、、よく聞く言葉では“支配性”とかいうやつですかな?

例えば、“ある種”の問題(全ての問題ではない)を抱える人と犬の関係を改善するために、、。

「人の前に出させない」
、、散歩中に後ろを歩かせる、誰かに吠える犬の前に出て下がらせる、等、、。
「人の上を取らせない」
、、、勝手に膝の上に乗ることを禁じる、立ち上がって手をかける事を禁じる、等、、。
「高い所を取らせない」
、、ソファやベッド等の、辺りを見渡せる高い場所を陣取る事を禁じる、等、、。
「場や物の主張をさせない」
、、場を占有する事を禁じる、、等、、。

てな風に、指導する例はよくあるようです。

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本来の支配性を持ち合わせていない犬に、ニンゲンが誤って与えてしまったり、、何かきっかけを得て支配性に目覚めたりする事等でトラブルが起きたりするワケですが、、。
それらの犬が「主張」している行動を抑制する事で、「お前は主じゃないんだよ」と犬を導く、という感じ。

個人的には。
「人が犬よりも前に出る」「人が犬の上を取る」「人が、、、、」という角度で一緒にやるのも、いいんじゃないかな。と思います。
、、犬に禁じるのもアリだけども、人ももっと「主張」する事で、「ワタシが主なんだよ」という(≧▽≦)ね。

どうしても、犬にばかりシワ寄せさせるのが苦手なワタクシ~わははは。

まあ、これらの行動は、「甘えを許す」と同じようなもので、関係が歴然とする事が出来れば、気にしなくて良くなります。
写真にいつも写っているようにソファを陣取っているのは平蔵や珊瑚で、ワタクシは床!わははは!
なにしろ、ハナからワタクシとチビズの立場の差なんて決まり切っていて、わざわざ「ワタクシはエライんだぞ!」と誇示する必要が無いんですから。

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おおう、また脱線しかけてました。

で、この中の「前に出る」。

犬と犬は“対峙”した時に、、ジリっと「前に出て」こちらの“強さ”を表し、相手の犬の“強さ”をくじいて退散させる、服従させる、、、という行動をとります。
人がこの行動をして、犬を下がらせることも同じ意味を持ちます。


しかし、これより更に器の大きさを表す行動が、、、。
既に器の大きさを示すモノとして書いてきた、、「無駄な行動はしない」。

つまり「動かない」=「前に出ない&退かない」

すくみあがって動けない、とか、「私は良い子にしてますよ」と従順にジッとしているのとは別ですよ。
なにしろ“対峙”している状態なんですからね~。


対峙した犬と犬の間には、、、ピンと張りつめた“間”がありますよね。
「前に出る」という行動は“強さ”を表す行動のひとつですが、、別の見方をすれば「出ることで、その“間”に白黒つけたい」という意味を持ちます。
つまり「さっさと決着をつけたい」。

、、、それが「動かない」強さを持った犬にとってみれば、、「対峙する“間”に耐えられない“弱さ”」となる。
ある意味、前に出た時点で負け、なんですワ。

前に出始めた犬は、最初はジリッジリッと詰めるだけだったのが、、結局、動き始めた事で徐々にその緊迫が堰を超え、最終的には加速し飛びついて来る事が多いです。
「動かない」犬は、冷静に、その瞬間返り討ち、、、というワケ。

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「動かない強さを持った犬」は、言い換えれば「その“間”を耐えることが出来る犬」です。
静まり返った目つきで、10分でも30分でも、、必要とあらばその“間”の均衡が破れるまで、その状態をキープし、待つことが出来るんですね。
勿論、この“間”に耐え切れず相手が立ち去れば、それで終わり。

このような器を持った犬は、わざわざ立ち去ろうとする犬を追い回すようなマネもしません。
「無駄な行動はしない」のです。

日本犬保存会のリングの中の静けさは、、この状態を目指したものと、ワタクシ思います。
彼らの落ち着いたたたずまいは、ただの「従順さ」とはベツモノ。
これを「悍威(かんい)」と保存会では表現しています。


この「無駄の無さ」を、「そういう傾向」という意味で考えてみるとするならば、、、。
オオカミ等の野生では、器が大きな個体がボスとなりますが、、狩りの先頭を切るのもボス、群れにとっての脅威(他の獣等)に最初に対処するのもボス、、という傾向ですよね。群れはそれに追随する。

ボスは、最も危険性が高い立場に居る、とも言えると思います。
下手すりゃ死にますし、大怪我負ったらボスの座なんてあっという間に奪われるでしょう。
しかし、自然界には医者なんかいやしません。
ボスになる、という事は、それなりのリスクを背負う、という事かと思いますワ。

というわけで、トップに立つだけの器を持った個体にとって、身体的に最も無駄のない道を選ぶ能力ってのは、ある意味必然なのではないかと、思うのですワ。
それに対比して、精神的には最も厳しい道を選べる能力を備えている、、という事は、、書くまでもありませんか、、。


もし、対峙したのが人であって、、時間短縮の都合のために、仮に道具等を使ってこの“間”を破り、、結果的にその犬の行動を支配出来たとしたら、、。
こういう犬は、その人を心から認めなくなる可能性がある、、とワタクシは思いますね~。

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ところで、、。
野生では器の大きな個体がボスや上位になりやすい、、と書いて来ました。

、、、別の角度から見れば、、。
大きな器を持つ個体は、その気になれば、群れを離れて自分の群れを作る事も出来るし、その気になればいつでも下剋上する事も出来る、、という事なのですよね。

勿論、過酷な野生でその行動を取る、という事は“命がけ”だと思いますワ。
しかし、そのリスクを乗り越えながら、種は多様性を保ち、生き延びてきているのではないでしょうか。

「群れ」とは、本来、より効果的な、個々の生存や種の繁殖・繁栄のために作られた社会構造、だと思うのです。
厳しい上下関係、厳しいルール、、、犬世界よりもはるかに厳しい決まり事の中で暮らしているはず。
にも関わらず、リスクを背負い乗り越える、という選択を選ぶことも出来る。
、、そこには全ての野生生物に許されていて、現代の日本の家庭犬達に許されてないモノがあるのですよね。


それは、、「自由」です。


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「自由」は、野生では、群れの全員が持ちうるものだと思うのですよ。
全ての個体が、その群れを離れたければ、いつでも離れていい、いつでも下剋上していい。
多くの個体がそれをしないのは、リスクを負う覚悟の有る無しや、ただ野生で生きる厳しさを熟知しているせいだけではないと思うのですよ。
、、、その厳しさの中「このボスの元なら」と。
そう思うにふさわしいトップでなければ、、いつか誰かが下剋上をするでしょうから。ね。


というわけで。
野生の強い犬種で、器の大きな個体となれば、、上に書いたような様相を見せる傾向が高い、、と思うんですな。

その「自由」を、、、。

、、それだけ、飼い主や家から離れるリスクを恐れない、と思うんですよね。
ひとりで「平気」な度合いが高い。
おまけに、野生とは違って、、ニンゲン世界と共生する生き物ですから、生き延びる能力があれば、なんとか野良で生きていく事が出来る可能性も、、やっかいな事に、、、(≧▽≦)


そういう犬と暮らす、という事は、やはり犬自身の意思で「この人の元なら」と、一緒に暮らしてもらう事だと思うんですよ。

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かつては、、それが普通に見られた、日本の「人と犬の暮らし」。
ですが、放し飼いが出来ていた時代は遠い昔の事となりつつある現在の日本の犬世界では、、やむを得ない事にリードやフェンスを使って、物理的に自由を制限せざるを得ません。

その中にあって「この人の元なら」という意思を持ってもらうには、、せめて、残されたその意思の自由を奪わない事が大事なのでは、とワタクシは思うのですよ。


自らの都合のために、物理的だけでは飽き足らず、、最悪な場合は心理的に、、、他者の自由を奪うのは、ワタクシをも含む我々ニンゲンの“得意技”です。


例えば、何かしらのショックと共に逃げ道を断つ事を人為的に何度も経験させる事によって、逃げ場所があっても逃げようとしなくなる精神状態に追い込む、、、という“学習性絶望感”を利用する方法は、犬世界では珍しくない方法かと思います。
残念ながらニンゲン世界にもある現実は否めないのですが、、。

程度の小さなモノゴトへの対処にも使えますし、その気になれば、生存の根本に影響するモノゴトにまで、、、使おうと思えば使える。
ピンからキリです。
、、そして、どこまで利用するか、、それは使う人間の意思次第です。

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「犬は痛点が少ないので、人が思うほど痛みを感じない。だから、こういうショックは大丈夫」、、という次元の話を書いているのではありません。
その事実に面した時に、、人はどの方向を向くか、という話なのです。


離れるリスクを恐れない犬に対し、、。

学習性絶望感(または“学習性無力感”とも言う)を利用し、「この人のそばを離れる事は出来ない」のだと、、離れる意志を手放させ、犬に諦めさせる事によって、そばに居てもらうのか。

それとも「この人のそばになら、居たい」と、犬に納得してもらう事によって、そばに居てもらうのか。

、、犬はどのような状況であっても、前を向いて生きる生き物だと思います。
それが限られた…物理的でも、心理的でも…世界であれば、その中で前を向いて生きる。
おそらく、、上記ふたつの方法で、それぞれそばに居るようになった犬は、、同じように暮らすでしょう。
彼らはその違いを語る術を知らないだけで。


上記は、即効性があり、より効果的に結果を出すことができると思います。効果の程度も高いかと。

下記は、ニンゲンの努力が必要ですし、日々の積み重ね。時間も手間もかかる。どの程度まで効くのかも怪しい。


しかし、「安易に成功する事の恐ろしさ」について、「ウザくなる程の長文をば。」に書いてきた事を、、既に読まれた方にはご理解頂いているのではないか、と思います。

即効性が高い“成功”を味わうと、、ヒトは、その「やり方」にハマりやすくなる。
そして、全ての事に対して「このやり方でウマくいくはず」なのだと、、、根本的なことすら見失うようになる。。
「犬道!!シバツレ流5」に書いた事ともつながっているのですよ。
マニュアル通りにする事にハマってしまうと、、大切なものを見失うようになる。。

機会があれば、根底につながる事柄を以前から何度も繰り返し書いてきましたし、今後も懲りずに書き続けるつもりです。
、、、ワタクシ自身のためにも、です。

犬のためだけではない、自分自身の「人間性」を、知らず知らずの内に失わずに済むように。

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これは、器の大小に関わらず、全ての犬と人に言える事ですが、、。
特に、今回書いてきたようなタイプの犬は、余計に、飼い主を振り回す事が多いと思います。
、、ヤンチャであればあるほど、、人はコントロールの重要性を認識するはずですし、否応なく犬をコントロールしなければならなくなる。

しかし、そこで「犬をコントロールする事」に取り憑かれては、「人と犬の暮らし」の基礎を見失うと思うのですよ。


何かを、即効性の高い方法で上手にコントロールできるようになると、、ヒトは、その「心地よさ」を覚えてしまう、と思います。
以前は自信が無かった事に、急激に自信が持てるようになる、、迷いがなくなっていく、、。
しかし、同時に、、自分の足元に罠をも作っている事を、忘れてはならないと思うのですよ。

迷いが無くなってしまう事は、、ワタクシは決して良い事だとは思いません。
真に犬と向き合い続けていれば、、コントロールするその心地よさに取り憑かれなければ、、、、いくらでも新しい疑問や迷いが浮かび上がってきて尽きる事が無いはず。
でなければ、、「ウザくなる程の長文をば。」に書いた、あのトレーナーと同じになってしまう可能性がいつでも待ち受けているのだと、ワタクシは思うのですよね。

あのトレーナーは、いつ、どうやって見失っていったのでしょう?
おそらく、何の自覚もないままに、変わっていったのだと思います。
、、、元々は犬が好きだったから始めた事のはずなのに。。。ね。

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犬との暮らしに、学習性絶望感のような手法を絶対利用するな、、とは言いません。
しかし、愛しているからこそ利用していいんだ、という論が通るとすれば、こんな恐ろしい事は無いと思うのです。
であれば、ストーカーも、、好きな人を幽閉し自分のコントロール下に置くような行為も、許されてしまう事になる。

ワタクシはそれを「愛」だとは思いませんが、犬をコントロールする事に取り憑かれ、自覚のないままに、いつの間にかそれを「愛」だと信じ込んでしまうようになったら、、、。
自覚のないままに変わっていくものを、どうやって止められるでしょう?

繰り返し書きますが、、犬のためだけではないのですよね。
自分自身の「人間性」のためにも、、犬の意思を出来る限り尊重する事を忘れてはならないのだと、ワタクシは思うのですよ。



離れるリスクを恐れない犬は、、、。
だからこそ余計に、、自由意思を奪う事に納得しない、と思います。
諦めさせようと意思の自由を奪えば奪う程、ココロは離れていく可能性があるでしょう、、、落ち着いて穏やかに、そばに居たとしても。

その姿を「シアワセな犬」と思うか、思わないか、、人それぞれかもしれません。

しかし。
手を煩わせる犬であればある程、誰もが見失いがちな事を、、、えぇ~そりゃ~勿論、かつてはワタクシにだってありましたとも(≧▽≦)、、忘れないためにも。

最後に強く書いておきたいと思います。
どこまで諦めさせ、どこまで納得させるか、、、接する人の意思次第だという事を。

「人と犬の暮らし」=「犬をコントロールする事」ではない、という事を。

その更に奥深くにある、もっとずっと大切なものを見失わないためにも。



、、、そ、そう、長文、、今回で一区切りですよ(≧▽≦)
次からはまたお気楽なシバツレに戻ります~わははは!!
by koryu_misumi | 2013-05-10 10:30 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(8)

ワタクシ的、器の大きな犬2

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前回からの続きです~。
「ん?何々?」という方は前回から読んでくださいませね~。
長文ですよ、、、お覚悟(≧▽≦)



さて。
既に書いたように、器の大きな犬は、喜怒哀楽によって起こされる興奮の、限界レベルが高い。
裏返せば、感情を揺さぶる出来事に接した時に、冷静さを保てる能力が高い。
少々の事では怒らない、イライラしない、焦らない、ビクビクしない、落ち込まない、メソメソしない、ガサガサ動き回らない、、堂々と、静かで、穏やかで、無駄な行動はしない、、。

「犬道!!シバツレ流(1)」に、群れを率いる条件について、ゴチャゴチャとワタクシの考えを書きましたが、まさにその条件そのもの、でもあるのですよね。

多頭であれば、そのトップに据えるにふさわしい犬。と言えるかと。

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ナンジャモンジャ

勿論、野生では、ただ、器が大きい「だけ」では、当然トップの座は務まりませんわな(≧▽≦)
器が大きいのに加えて、迅速な行動力判断力、、等、群れを率いるのに必要な能力も求められます。
いくら器が大きくても「ぼ~~~~~」っとのんびり屋さんよりは、同じ器のサイズでも、そうでない子の方が、よりトップにふさわしいのは当たり前かと。

柴犬なんぞは野生が強く残っていますので、、、器の大きな犬は、必然的にリーダーシップ能力が高い素質を持っている場合が多いように感じます。
犬種によっては、その自然界の必然性が、既に必然性ではないものもあるようですが。

ただ、家庭犬の場合だと、野生程、群れ的に精度の高いモノを要求されるワケではありませんので、、。
器の大きなノンビリした犬をトップに据えても、全然ノープロブレムだと思いますよ~。
逆に、そんなホンワカした群れってのも、、いいですね~~想像するだけでワタクシはニンマリですワ(≧▽≦)


要は、どちらにしろ、多頭のトップに据えるなら「器の大きい犬」にするに越したことは無いと思う。という事です。

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「堂々と、静かで、穏やかで、無駄な行動はしない」そういう犬を据えると据えないとでは、群れ的に大きな違いがあります。
裏返せば、「無駄な行動をする」犬を据える事で、群れ全体の安定が揺さぶられる可能性が高まる、と思うからです。


例えば、、、器の大きなトップの犬は、支配性を誇示する必要のない状況で、わざわざ「自分は偉いんだ!」と誇示する事すら、しないんですよね。

解りやすい例えだと、、子犬達を相手に、普通、オトナ犬はわざわざ偉ぶってみせたりしませんよね。
子犬に偉ぶるのは、、同じ子犬だったり、、ちょっとだけ年長さん、だったりしますよね(≧▽≦)つまり、立場が近い相手が偉ぶる。

オトナ犬達は、子犬達が必要とするしつけ…限度を超えた甘噛み等には速攻で厳しく叱る事はあっても、、、自分の身体の上に子犬達があがってヌクヌクと寝たりする事にはあまり厳しい事を言いません。
オモチャの取り合いっこで遊んでやっても、子犬にオモチャを与え、勝ちを譲ったりもします。

「子犬の時期は特別だからでしょ」と思われるかもしれませんが、、、、。
子犬に限らず、天然ボケ(ありていに言えば、ちょっと足りない子)や、器の小さな子にも、、器の広い犬は無駄に偉ぶったりしないんですよね。
、、、なにしろ、そういう相手を前にしてみれば、ハナから「どちらの器が大きいか」なんて決まり切ってるから、だと思うのですよ。


これを、ワタクシは「甘えを許す」という言い回しで表現しております。
もう昔からコメ返し等で何度も使ってきた言い回しですので、「あ~」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが。

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ちなみに。
「甘えを許す」、、これは、順位とはあまり関係無いようです。
単純に器の差なのかな~と。
大きな素質を持って生まれた子でも、、子犬の頃はまだ器の中いっぱいに満たしているワケではありませんので、未完の器扱いかと思います。

順位と器の大きさは、、関係はありますけども、そのまま「=」では無いんですよね。
野生でも、トップが変われば群れ全体の位置関係が変わる事はあるようで、、単純に器が大きい順がそのまま順位ってワケじゃないみたいです。
まあ、、けっこうボスの好みで決めちゃったり、、とか(≧▽≦)

ニンゲン世界の会社を想像してみればよく判るかと思いますワ。

役職の高さが、必ずしもその社員の人間性が優れている事を証明するワケではありませんよね。
ただ、やっぱり有能(仕事の能力&人間性)な人であれば、肩書も高くなりやすいでしょう。
、、でなければ、、それを決める社長や上位陣の能力が疑われます。

同様に、野生でも、、あまりにも理不尽な群れを作ってしまったら、それだけ下剋上や離反を招きやすくなるでしょうから、、器の大きな個体が上位陣になりやすいってのは、、同じかと思いますワ。

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我が家の場合だと、、。
珊瑚は、皆様ご存知の通り、チビズの中では「器の小さな存在」。

その気になれば、平蔵も伊佐蔵も、珊瑚を打ちのめすのなんか朝飯前ですが、、、珊瑚には色々と寛容なんですね~。
平蔵にも伊佐蔵にも「甘えが許されている存在」だと思うんですよね。

平蔵と伊佐蔵のどちらが、より寛容か、と言えば平蔵です。
「A、平蔵と珊瑚の器の差」>「B、珊瑚と伊佐蔵の器の差」
Aの方が値が大きい、、、それが寛容の度合いに出ているのですワ。
、、、子犬が子犬に偉ぶる例に書いたように、立場が近い方が寛容の度合いが低くなる、という。

既に書いたように、そうやって、時に珊瑚の言い分が通るから、といって、珊瑚の順位が平蔵より「上位」というワケではありません。
珊瑚より器の大きな伊佐蔵は珊瑚より上の立場か?、、というと、これも順位的には珊瑚が上。
これは、ワタクシ(社長(≧▽≦))が順位をそう決めているせいです。


伊佐蔵は、本当の意味では自分の方が珊瑚より強いし、器も大きな事はよ~く承知です。
ワタクシが、器の大小関係なしに、珊瑚を上に置いている事もよ~く承知。
その上で、珊瑚を尊重してやっているのが、見ていて良く分かるんですな、、まあ、珊瑚が偉ぶるのを許してやってる。
、、たまに、それを逆手に珊瑚をからかったりする事もあるんですが~~あははは、、、勿論、叱られますけどね(≧▽≦)

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面白いのは、そのようにして「甘えが許される個体」は、有事の際には必ず、「甘えを許している個体」に保護される側に居る、という事です。
これは、ワタクシが体験してきた限り、ではありますが、、その経験の中で「例外」が無かった事は確かです。


チビズに何か事が起こった場合、平蔵と伊佐蔵が保護する側。珊瑚は保護される側。なんですな。
(一応ワタクシも居ますが(≧▽≦))

実際、ひとりの時に何かが起きたら、珊瑚はもー真っ先に何もかも放り出して逃げようとしますし~、わははは!


ところで、、平蔵にとって伊佐蔵はどうなのか?と。

平蔵は、オトナになってしまった伊佐蔵に対して、甘えを許していません。
平蔵と珊瑚の器の差に比べ、平蔵と伊佐蔵の器の差はそれほど大きくない、、、器のサイズ的に近い立場の存在ですしね。

平蔵に甘えを許さえれていない伊佐蔵は、、平蔵にとって、わざわざ保護する必要もない、それどころか「俺と共に群れを守るために立ちむかえ!」と言う存在だと思うんですワ。
伊佐蔵の器は特別大きなものではなく、標準に近いと思うのですが、、少なくとも、有事の際に冷静に対処できるだけの器である事を、平蔵が分かっているからだと思うのですよね。

子育ての際にも、珊瑚には甘々だった平蔵ですが、伊佐蔵には必要な時には厳しかったですよ~。
、、、それは既に書いた「その子の生存率を低くしないため」だけではないんですよね。
「群れを守る力のある器」を持っている事を見越して、その能力を育てている、という事でもあると思うんですワ。

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これは、我が家のチビズに限った話ではなく、、、。
散歩コースの全ての犬友にも同じ事なんですよね。

平蔵や伊佐蔵が甘えを許している子、厳しく接してこられた子、、。
、、たくさんの犬友達と、チビズの関係を相関図にしたら面白いだろうなあと思いますワ(≧▽≦)

チビズの散歩コースは、ある意味巨大な「狩り場」=縄張りだとワタクシ思ってますので、、、、犬友はある意味群れの仲間でもあると思うんですよね。
平蔵は、なんと多くの犬友を、いつも保護しようとしてきた事か。
もう、いい加減トシなので、そろそろ引退ですけどね~、わははは!


でも、この「甘え」、、、自然界ではどうなのかなあ。
生活環境に余裕がある場合なら、見られそうな気もするけど、、。

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ミモザの実ですよ~

あ~~、なんかかなり道を踏み外してしまったような(≧▽≦;;)
また話を戻して~~~。


まあ、そういうわけで(!?)、、、こんな平蔵が、多くの犬友たちに優しい犬である事は、皆様ご存知かと思いますワ。

その平蔵。
ホントに笑えるくらい、誇示する必要のない相手に対して、わざわざ「自分は偉いんだ!」と誇示しないんですね~。
↑これを言いたかっただけなのに。


、、、あ、逆を書けば簡単で済んだかな?

器の小さい珊瑚の方が、、許可されれば、やたらと「あたちは偉いのよ!!」って主張したがる犬だというハナシを書いた方が!?
わははは!!!(≧▽≦;;;;)←おマヌケ

も~、、思いつくままに書いてますからね~、、、。

裏返せば、その必要性も無い状況で「自分が偉いんだゾ!」とやたらと主張してみせる犬は、、実際は器は大きくない。。。
勿論、多頭のトップにもふさわしくないと思う、と言う事なんですよね。

器の小さい子に支配性を許可すると、、器が小さければ小さい程、他の犬に対して「自分は偉いんだぞ!!」と主張したがるかと。

もし、我が家の平蔵がそういう犬であれば、ワタクシは、彼にチビズの長としての立場を許可しません。
また、珊瑚にもやたらと偉ぶる事を許可しておりません、、、、、「甘えを許す」犬達は許しちゃってますけどね、、、(≧▽≦;;;)

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既に上の方にも同じような事を書いていますが。
特に、多頭飼いの場合、、、その状態を故意に許している事が、群れの安定性を揺さぶる要因となるだけでなく、群れ全体の眼から見て、ワタクシ自身のボス性を疑わせる要因ともなると思うのですよ。

柴犬のように、上下関係が強い傾向にある犬種等は特に、、その群れ内に、そのトップの子よりも、実際は更に上位に位置出来る器の大きさと支配性を持った子がいた場合は、やっかいな事になる可能性は高くなるでしょう、、。

まあ、、群れ全員がニブチンさんばかりだったら、、気にしなくてもいいかもしれませんけども(≧▽≦;;)

多頭のトップに据えている犬が、必要もない状況でやたらと他の犬にエラぶっているのに気付いたら、、一度、群れのあり方や、その犬への態度を見直した方がいいかもしれませんね~。

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ここで更に余談ですが。
平蔵は犬友達に偉ぶったりしないのですが、、、それを許したくないのが伊佐蔵なんですワ~わははは!

どういう事?というと、、、。
平蔵や珊瑚に失礼な態度を取ろうとした犬に対して、「失礼な!」と反応するんですな。
まあ、シバツレをご覧の方には「ああ~」と思われるかもしれませんが、、。

ハタから見れば、それは伊佐蔵の「支配性」が平蔵や珊瑚を越えて発動しているように感じるかもしれません。
しかし、伊佐蔵自身が接する際には、それを許さないワケでは無い、伊佐蔵、、。

、、野生には、ボスの側近や教育係のような存在が居たりするようですが、、。
この側近さん達が、ボスの代わりに「ボスに失礼な事すんじゃない!」な~んて、代わりに言ってたりするんですね。
トップが偉ぶらなくても、側近がその代行をしてくれる、という、、。
、、、平蔵や珊瑚、本犬達はちっとも気にもしてないところで、伊佐蔵は、、わははは!

いやいや、、いっちゃん、家庭犬の世界なんだから、そこまでしなくても、、。と思うんですけどね~(≧▽≦;;)
まあ、現実問題としてそれは許可してませんが、、、。
彼の、その気持ちは「うんうん、いっちゃんの言いたい事は判ってるよ~」と無下にしないようにしております、、、。


懲りずに(≧▽≦)まだまだ続きますよ~。
でも、今日のところはここまでにしておきます~。
、、、相変わらず、道を外しっぱなしですが!わははは!!!


by koryu_misumi | 2013-05-09 10:24 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(2)

ワタクシ的、器の大きな犬

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とある人に尋ねられました。
「トップになる犬とか器の大きな犬って、だいたい具体的にはどういう犬なん~?」

どういうって、、そりゃー、、、。
、、、ふむ。


てな訳で(≧▽≦)、久しぶりに、一部のコアなシバツレ読者向けに長文ですよ~。
これらの事についてワタクシ的な考えの幾つかを、例によって思いつくまま(≧▽≦)書いてみたいと思います。
長い文章が苦手な方は、またいつもの適当な記事に戻るまでスルーしてやってくださいませ~。

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さて。
ワタクシ的考え方、「犬の器」については、「犬道!! シバツレ流4」に、おおまかな話を書いてますので、読まれた方は既に何の事かお分かりかと思いますが、、、。
「犬の器?なんじゃそりゃ」という方は、カテゴリ登録していますので、先にそちらを読んで頂けると有り難いです~。

はい。では本題に入りましょう~。

「犬道!!」に書いている通り、、。
「器が大きい」という事は、喜怒哀楽によって起こされる興奮の、限界レベルが高い、、という事です。

興奮が限界レベル=ピークを越えると、生き物は自分自身のコントロールを失います。
これは、、犬だけの事ではなく、人間にも言える事かと思いますワ。

ひとつの例えですが、、パニック映画なんぞで、登場人物が恐怖でパニクったあまり、味方の人間さえも誤って撃ち殺してしまう、、、な~んてシーンはご覧になった事があるかと思います。
もう適正な判断が出来なくなっているんですね。
まさに自分で自分をコントロール出来ていない状態かと思います。

、、こういう登場人物は、そんな事件を起こした後に、他の人間の言う通りに行動するよう指示されている場面も良く見ますよね。
犬もそうですが、コントロールを他者に委ねることで、冷静さを保つ事が出来るようになる、という、、。

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イトトンボが出現しはじめました

というわけで。
器が大きいほど、感情を揺さぶる出来事に接した時に、冷静さを保てる能力が高い。
裏返せば、器が小さい程、ちょっとした出来事で我を忘れ、パニクリやすい。と言えると思います。
そして、上の映画の例同様に、、器が小さい犬は、器が大きな上位の犬、もしくは上位である人間に委ねる事で落ち着くことが出来る。。


ただし、、本来、大きな器の素質を持って生れついたとしても、成長の過程で器をしっかり満たしてなければ、、その器の大きさ故の能力を発揮できるワケでは無い、、のは、犬も人間も同じ事かと思いますワ。

まあ、器の大小に限らず、これは言える事ですが。

だからといって「ああ~子育てに失敗した、、、」とガッカリする必要はなく。。
子育ての最中にうまく器を育てる事が出来ていなかったとしても、、その気になれば、いつからでも成長することが出来る、というのは、、犬も人間も同じ事だと思うのですよ。

先ほどのパニック映画の登場人物でさえも、、映画が終わるまで生き残っている場合には、事件を起こした時点よりも経験を重ねて「成長」していたりするもんですよね(≧▽≦)

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まあ、分りやすい例だと、、。
消防署員が炎の中でも冷静に対処出来るのは、それだけの訓練を行って、故意に経験を重ねて経験値をUPしているから。だと思うんですよね。
普通の人間であれば、炎にまかれて冷静に行動するのはなかなか難しいですが、、大人になっても、そうやって経験を重ねる事で、炎の中パニクる事なく、行動できるように「育つ」ような感じ。
、、生まれつき炎にまかれても平気な人も世の中にはいらっしゃるかもしれませんけども~~わはははは!


勿論、これだって誰もが際限なく「育つ」ワケでは無く、、(≧▽≦)
人にも、向き・不向きがあって、A分野ではどんどん育つけど、B分野ではなかなか、、なんてのは、まあ当たり前の事で、犬も同様ですかね。
それが、持って生まれた、、生まれつきの素質、と言えるかな。

ワタクシなんぞは、、日本史とか相当苦手で、、いっくら勉強してもダメでしたもんね~。
フジワラノカタマリって誰だ?てな具合で、、(≧▽≦;;;;)
あ?例としてはヨロシクなかったですかね!?わははは!!!


あ~ごほっごほっ。

まとめれば、、、すっかりオトナになっていても、本来の素質の限界に達してない状態であれば、まだまだ育てる事が出来ると思う。という事ですワ。

勿論、基点が偏ってない状態で、というのが大前提ですが。。

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野生の藤

器の大きな素質を持って生まれた犬は、、、幼少期からその片鱗を見せてくれる、と感じます。
ヨチヨチ歩きの頃から、喜怒哀楽の様々な出来事、、、それを吸い込む力が強いと思いますね~。
滅多な事では怒らなかったり、怖がらなかったり、せかせかしてなかったり、と、マイナスの許容力が強い上に、、、遊び方が激しかったり、様々な事に貪欲だったり、、柴犬の場合は特に好奇心が強かったり、、プラスをどんどん満たそうと欲する力も強い。


ワタクシの見てきた限りですが、こういう子犬は、たいていオトナ犬にガッツリしつけられます(≧▽≦)

野生の場合を考えてみると判りやすいかと。
好奇心の赴くまま、未知の世界を怖がること無く、勝手に遠くへ徘徊するようなコドモ。。
、、他の生物の格好の餌食ですよ。
しかも、マイナスの許容力が強いだけに、少々のしつけではこたえないのですからね~。

面白い事に、成長してしまえば素晴らしい落ち着きや穏やかさや安定度を見せるようになる犬が、、小さい頃や若い頃は散々手を煩わせてくれ、全くそうではない事が多い、、、という。わははは。

プラスを満たそうとする力が強い分、それに比例してオトナにはガッツリしつけられ、マイナス経験も人一倍充実(≧▽≦;;)。
見方を変えれば、、その器にふさわしいだけの沢山のプラスとマイナスの経験がなされている、、とも言えると思うのですよ。

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ただし、犬がオトナとして固定するのは、3歳頃に訪れる精神的な変化を見届けた後、、だとワタクシは感じます。
そして本当にオトナとして「熟成」するのは、、5歳頃に再び変化を感じる時期がありますが、、その後かな。。
こちらは3歳の頃のよりも、個体差幅が大きいようです。
伊佐蔵なんかは遅い方で、6歳半以降にこの変化を感じた記憶があります。

、、、これは、日本犬に強く感じる事ですので、、精神的成長の度合いや速さは、犬種によっては違いがあるかもしれませんけどね。
犬種によっては、何歳になっても幼児性が強く残ったままに感じる事もあります。
また、去勢や避妊をすると、この限りでは無いようですが。


というわけで、ワタクシにとっては、3歳以前は若造扱い(≧▽≦)
器の大きな素質を持つ個体であっても、3歳以前の子に、その器の大きさゆえの能力を発揮する事を、当たり前のように要求するつもりはありません。
「お前は器が大きいんだから、もっと堂々としろ!!」とか。はね。
、、3歳位で、まだヤンチャな行動をするのはワタクシにとっては常識の範囲内です(≧▽≦)
本音を言えば、いつまでもオコチャマらしさを残して欲しいってのもありますけどね~~わははは。

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ソメイヨシノの実、これから更に赤くなります

で、そういうヤンチャな子犬は、それだけ厳しく抑制を受ける、、かつての八蔵のように(≧▽≦;;;)
上には上が居るという事や、子犬の自制力等を育てるのですね。
彼らにしてみれば「一人前になるまでは、いいつけを守る自制力を育てなければ、生き残る率がそれだけ低くなるから」かと。


子育てする側にしてみれば、手のかかる、、目の離せない、油断ならない子と言えます。
しかし、裏返せば、野生では、コドモが一人前になるまでにまともに導けないようなオトナは、群れで繁殖するにふさわしいオトナでもないワケで。

、、、単純に考えれば、、そういう子はある意味さっさと餌食になって、、オトナ達の手を煩わせない元々従順な子ばかり残る方が、、少なくとも子育て中は群れとしては安定するように思えるでしょう。

しかし。大局をみた場合、、「強さ」を後世に残せない群れ、というのは、必然的に衰退の道を歩む事になる、と思うのですよね。

卵が先か、鶏が先か、、ではありませんが、、。
群れの存続に、それなりの子育てが出来る強さを持ったオトナ犬達、そして、それなりの強さをもったコドモ達の命の連鎖は欠かせないのではないか、と。
ニンゲンが、ニンゲンの都合で、この「飼いにくさ」を排除し、飼いやすい子を優先的にブリーディングする事を積み重ねていく事の意味について、、ワタクシは時々考えずにはおれません。

そりゃあ、現代の日本の犬世界にとっては、ほとんど関係のない話かもしれませんが、、。
ワタクシは、犬達の「生きる姿勢」の基礎は自然界にある、と、考えているものですから。ね。

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余談ですが。
こういったオトナ達のしつけは、コドモの「好奇心」までをも抑制しているワケではありません。

犬のしつけに関して「犬の要求を呑まない」なんて言葉をよく聞くことがありますが、、。
ワタクシにとって「犬の好奇心を満たしてやる事」は、「要求を呑む」事ではなく、「欲求を満たす」事。


「犬の器」について書いている「犬道!!シバツレ流4~6」の、「4」に、「道の向こうにあるおもちゃ屋さんに行きたい子供に対し、赤信号では待つ事を教える」といった例え話を書いたことがあります。

「しつけ」は「信号が赤なら、行きたいのを我慢して青になるまで待つ事を覚える事」。
「好奇心を満たしてやる事」は、道を渡った後に、おもちゃ屋さんのショーウインドウや店頭のおもちゃを、子供が満足するまで眺めさせたり、触れさせてやる事。かな。

おもちゃを前にした子がそれを欲して、応じるかどうか、は「要求」の部類。と思います。

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まあね~、、こういうタイプの、、犬種的に好奇心の強い柴犬の、特に子犬の時期は、、正直言って集中力に欠ける事が多いかと(≧▽≦)わははは!!
飼い主さんは、これに対処できるだけの耐久力を必要とされるでしょう。
しかし、これもある意味「ボス力」のひとつと思いますわ。
個人的には是非、この好奇心を尊重して頂きたい。


ただし、情緒不安定な子が見せる落ち着きの無さ、とはベツモノですので、それを勘違いしないようにして下さいませね~。
また、本能的に動くモノを追ったりするのとも、チョイ違います。

「好奇心」ですからね~、経験と知識を満たしてやれば、その好奇心はおさまるのですワ。

好奇心を何もかも抑制するのは、、特に柴犬の場合はワタクシはおススメしません。
イメージとしては、、色々な物事を学びたいと欲する人に「お前には勉強なんか必要ない」というような感じかな。
ワタクシの知る限りですが、、好奇心を封じて、良い結果が出た例は見た事ありませんので。

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更についでに書きますと。
好奇心と恐怖心は表裏一体な面があります。

特に初めてのモノゴトに接した場合、器の大きいタイプは好奇心を強く、器の小さいタイプは恐怖心を強く見せる傾向にあるように思います。
標準的には、どちらもないまぜになった様子を見せる犬が多いかと。
野性が強ければ、これに警戒心が強プラスですかね。

特に犬が、未知のモノと接する際には、出来るだけ恐怖心を発動させずに済むように、、上手に好奇心を引き出してやるのが、器を育てる事に繋がると思います。
、、その際に大事な事は、飼い主さんがマイナスの感情を一切帯びない事、、かな。



さて。
久しぶりの長文、今日のところはこの辺にして、続きはまた次に繰り越したいと思います~。
眼が疲れたら、、ブルーベリーですよ~(≧▽≦)
即効で効きますからね~。
、、、でも切れるのも早いかも、、わははは!!!

ではでは~。

by koryu_misumi | 2013-05-08 10:39 | 犬道!!番外編-長文 | Comments(10)